ダイバーシティ&インクルージョンとは?企業が進める効果と施策
2025年 10月 30日

人的資本経営やESGが企業価値の指標として重視される時代において、ダイバーシティ&インクルージョンは単なる倫理観やイメージ戦略ではなく、業績向上やイノベーション創出にも直結する経営テーマとして位置づけられています。
多様な人材を採用するだけでは不十分で、それぞれが能力を発揮できる環境を整えることが競争力の源泉になっています。
この記事では、ダイバーシティ&インクルージョンの基本的な概念から、その必要性、実践例、推進ステップ、課題への対処法まで、実務担当者の視点でわかりやすく解説します。これからの成長戦略に、確かな示唆をお届けします。
ダイバーシティ&インクルージョンとは

企業が持続的に成長していくためには、多様な価値観や働き方を受け入れ、すべての人が能力を発揮できる組織づくりが欠かせません。その鍵となるのが「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」です。
ダイバーシティ&インクルージョンとは、単に多様な人材を採用することではなく、一人ひとりの違いを尊重し、それを組織の力に変えていく取り組みのことを指します。多様性と包摂性を両輪として育むことで、企業は新しい発想やイノベーションを生み出し、変化に強い組織文化を築くことができます。
ダイバーシティの意味
「ダイバーシティ(Diversity)」とは、直訳すると「多様性」を意味します。企業における多様性とは、性別、年齢、国籍、価値観、宗教、キャリア、雇用形態、障がいの有無など、さまざまな背景を持つ人材が共に働く状態のことです。
少子高齢化による人手不足、グローバル化の加速、そして社会全体の価値観の変化を背景に、ダイバーシティの重要性は年々高まっています。多様な人材を受け入れることは、単なる社会的要請ではなく、企業が変化する市場や顧客ニーズに柔軟に対応するための戦略的取り組みでもあります。
しかし、多様な人材を雇用するだけでは十分ではありません。重要なのは、その多様性を組織の強みとして活かせる環境を整えることです。人材の違いを活かす仕組みを整えられてこそ、ダイバーシティは真に意味を持つのです。
インクルージョンの意味
「インクルージョン(Inclusion)」は、「包み込む」「受け入れる」といった意味を持つ言葉です。D&Iの中でインクルージョンは、多様な人材が実際に安心して意見を述べ、能力を発揮できる状態をつくることを意味します。
例えば、女性や外国人、シニア、障がい者などが組織に在籍していても、意見が尊重されず意思決定の場から排除されている場合、それは「多様性があるだけ」で真のインクルージョンとは言えません。
インクルージョンが根付いた組織では、社員が自分の存在や意見が認められていると感じる「心理的安全性」が確保されています。そうした環境では、自然とアイデアが生まれやすくなり、個人の成長とチームの成果が両立します。
ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンとの違い
近年では、「D&I」に「エクイティ(Equity=公平性)」を加えた「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)」という考え方も注目されています。
エクイティは「平等(Equality)」とは異なり、一人ひとりが異なる状況やニーズを持つことを前提に、公平に機会を提供することを意味します。例えば、障がいのある社員には合理的配慮を行い、育児中の社員には柔軟な勤務制度を用意するなど、「同じ条件を与える」よりも「それぞれに適した支援を行う」ことが重視されます。
つまり、
- ダイバーシティ=多様な人材を受け入れる
- エクイティ=公平な機会を確保する
- インクルージョン=多様性を活かす職場をつくる
この3つがそろうことで、すべての社員が自分らしく働き、企業の成果に貢献できる「持続可能な組織文化」が実現します。
ダイバーシティ&インクルージョンが必要とされている背景

ダイバーシティ&インクルージョンは、もはや一部の先進企業だけのテーマではありません。社会全体の構造変化と価値観の多様化が進むなかで、企業にとって経営戦略の一環として欠かせない要素になっています。
ここでは、ダイバーシティ&インクルージョンが注目される社会的背景と、企業経営との関係を見ていきましょう。
社会的背景と法的要請
ダイバーシティ&インクルージョン推進の背景には、いくつかの社会的な要因があります。
まず、日本社会全体の課題として、少子高齢化による労働力不足が挙げられます。これまでのように「若年層男性中心」の労働構造では、企業はもはや人材を確保できません。女性、高齢者、外国人、障がい者など、あらゆる層が働きやすい環境を整えることが、組織の持続性を左右しています。
また、国や自治体も制度面からD&Iを後押ししています。
例えば、
- 女性活躍推進法(2016年施行)
- 障害者雇用促進法
- 育児・介護休業法の改正
など、企業に対して多様な働き手の活躍を求める法的枠組みが整備されてきました。
こうした社会的・法的流れを受けて、企業が多様性を尊重する組織運営を進めることは、法令遵守(コンプライアンス)だけでなく、社会的信頼の獲得にも直結しています。
人的資本経営・ESGとの関係
近年のダイバーシティ&インクルージョン推進を語る上で欠かせないのが、「人的資本経営」と「ESG(環境・社会・ガバナンス)」の流れです。政府や投資家は、企業の持続可能性を評価する際に、人材をどのように育成・活用しているかを重要視するようになっています。
2023年からは上場企業に「人的資本の情報開示」が求められるようになり、女性管理職比率や多様な人材の登用状況を透明に示すことが求められています。つまり、D&Iへの取り組みは単なる「人事施策」ではなく、企業の価値を高める経営課題として位置づけられているのです。
ESG投資の観点からも、多様性を尊重する企業は社会的責任を果たしていると見なされ、長期的な企業価値の向上につながると評価されています。これにより、D&Iは「倫理的によいこと」から「企業が選ばれる理由」へと変化しています。
採用市場や社員ニーズの変化
企業の内外では、働き方や価値観が大きく変化しています。Z世代を中心に、若手人材の多くが「多様性を尊重する企業文化」や「公平な評価制度」を重視する傾向が強まっています。ダイバーシティ推進が不十分な企業は、採用の場面で「古い体質」「働きにくい会社」と見なされ、優秀な人材を逃すリスクが高まります。
さらに、既存社員にとっても、インクルーシブな職場は心理的安全性を高め、離職防止やエンゲージメント向上につながります。人材の多様化と働き方の柔軟化が進む今、D&Iの推進は「人を惹きつけ、活かす企業」への第一歩といえるでしょう。
ダイバーシティ&インクルージョンの効果

ダイバーシティ&インクルージョンは、単なる社会的善意の取り組みではありません。多様な人材が活躍できる環境を整えることは、企業の競争力を高める経営戦略として確立しつつあります。
ここでは、D&Iが企業にもたらす3つの代表的な効果を紹介します。
業績・イノベーションへの効果
多様な人材が集まり、それぞれの経験や視点が融合することで、企業には新しい価値創造が生まれます。性別や国籍、専門分野の異なるメンバーがチームを組むことで、一方向的ではない発想や問題解決力が強化されるのです。
実際、マッキンゼー社の調査では、ジェンダーや人種などの多様性が高い企業ほど、収益性や業績が上位に位置する傾向があることが示されています(McKinsey & Company, 2020 “Diversity Wins”)。
このように、D&Iは創造性を高め、市場や顧客の変化に柔軟に対応できる組織を生み出す原動力となります。
▼参考:McKinsey & Company “Diversity Wins”
離職防止・採用力の強化
多様な人材を受け入れ、インクルーシブな環境を整えた企業では、社員のモチベーションやエンゲージメントが高まります。自分の意見が尊重される職場では、「この会社で働き続けたい」という気持ちが生まれやすく、離職率の低下につながることが多くの調査で確認されています。
また、採用の面でも大きな効果があります。Z世代を中心とする若年層は、企業選びの際に「多様性を尊重しているか」「公平な評価が行われているか」を重視する傾向があります。例えば、Z世代の 97.1% は「D&Iが推進されていることを職業選択の重要な要素と考える」と回答した調査もあります。
さらに、働きやすさや心理的安全性が確保された環境は、育児・介護・治療との両立を支援する制度とも親和性が高く、結果的に幅広い人材が安心してキャリアを築ける職場づくりにも寄与します。
▼参考:認定NPO法人 ReBit 『Z世代のダイバーシティ&インクルージョンと就職・就労』
企業ブランド・社会的評価の向上
ダイバーシティ&インクルージョンを推進することは、社会的な信頼や企業ブランド価値の向上にも直結します。多様性を尊重する企業は、投資家や顧客、求職者から「持続可能で倫理的な企業」として高く評価されます。
近年は、ESG経営や人的資本経営の観点から、多様な人材の活躍を可視化すること自体が、企業価値の一部と見なされるようになっています。実際、上場企業の多くが統合報告書やサステナビリティレポートの中で、D&I推進状況を開示しています。
さらに、社内での多様性推進は、取引先や顧客からの信頼を強化し、企業のレピュテーションリスクを低減する効果もあります。社会的責任と経営成果を両立させるD&Iは、まさに「選ばれる企業」への第一歩といえるでしょう。
ダイバーシティ&インクルージョンの施策例

ダイバーシティ&インクルージョンを推進するためには、理念を掲げるだけでなく、具体的な施策を通じて日々の職場文化に定着させることが大切です。
ここでは、企業規模を問わず導入しやすい4つの主要な取り組みを紹介します。
女性活躍推進とキャリア支援
ダイバーシティ&インクルージョンの取り組みの中でも、最も広く実践されているのが女性の活躍推進です。女性管理職の登用目標を設定する企業は増加しており、国も「女性活躍推進法」に基づく行動計画の策定を義務化しています。
具体的な施策としては、
- 育児・介護と仕事を両立できる柔軟な勤務制度の整備
- キャリア形成を支援するメンター制度やリーダーシップ研修
- 管理職候補への積極的な育成プログラム
などが挙げられます。
また、企業によっては、女性社員同士のネットワーク形成(社内コミュニティ)を支援し、キャリアのロールモデルを可視化する取り組みも進んでいます。こうした施策は、単に女性の登用を増やすだけでなく、多様なリーダーシップスタイルを育む企業文化を形成する上でも効果的です。
柔軟な働き方の導入
多様な人材が活躍するためには、働く場所や時間に柔軟性を持たせることが不可欠です。テレワークやフレックスタイム制度、副業・兼業の許可などは、従業員のライフステージやライフスタイルに応じて働き方を選択できる仕組みとして注目されています。
また、週休3日制度や時短勤務など、従来の「フルタイム勤務」を前提としない制度を導入する企業も増えています。これにより、育児や介護、病気の治療などと両立しながら働ける環境が整い、結果的に離職防止・人材定着の促進につながります。
加えて、テクノロジーを活用した業務効率化(オンライン会議、AIによる業務支援など)も、多様な働き方を支える重要な要素となっています。
多様な人材の採用と受け入れ
ダイバーシティ&インクルージョンの実現には、「多様な人が応募し、定着できる採用・受け入れ体制」が欠かせません。採用プロセスにおけるバイアス(無意識の偏見)を取り除き、公平な選考を行うことが第一歩です。
例えば、履歴書や面接で性別・年齢・国籍などに左右されない評価基準を設けるほか、面接官向けにアンコンシャス・バイアス研修を実施する企業も増えています。
さらに、障がい者雇用、外国籍人材の受け入れ、LGBTQ+への理解促進なども、D&Iの重要な要素です。採用後も、多様な人が安心して働けるよう、職場環境のバリアフリー化や相談体制の整備を行うことが求められます。
ダイバーシティ研修・ワークショップ
多様性を組織文化として根付かせるためには、全社員の意識を変えることが不可欠です。そのための手段として有効なのが、ダイバーシティ研修やワークショップです。
研修では、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)やジェンダーギャップ、文化的背景の違いなどについて理解を深めます。また、役職者向けには、チームマネジメントにおける多様性の活かし方を学ぶプログラムを導入する企業もあります。
実際にディスカッション形式のワークショップを行うことで、自社の課題や気づきを共有し、現場レベルでの改善を促す効果も期待できます。このような地道な取り組みの積み重ねが、インクルーシブな職場文化の醸成につながります。
ダイバーシティ&インクルージョン推進のためのステップ
多様な人材が力を発揮できる環境を整えるには、理念の共有から仕組みの定着まで、段階的なアプローチが不可欠です。ここでは、ダイバーシティ&インクルージョンを組織文化として根付かせるための5つのステップを紹介します。
1.経営層のコミットメントを明確化する
ダイバーシティ&インクルージョン推進の第一歩は、トップの意思を明確に示すことです。経営層が「多様性を尊重することが企業価値向上につながる」という姿勢を経営理念やビジョンに組み込み、社内外へメッセージを発信します。
具体的には、社長メッセージや経営計画書への明記、全社員向けのタウンホールミーティングでの発信などが有効です。経営層自らがロールモデルとして多様性を尊重する行動を示すことで、現場にもD&Iへの意識が浸透します。
2.現状把握と課題の可視化
次に行うべきは、現状を正確に把握し、課題をデータで可視化することです。性別・年齢・雇用形態別の構成比や昇進率、離職率などの定量データを収集し、ギャップを明確化します。また、社員サーベイやヒアリングを通じて、無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)や心理的安全性の不足など、定性的な課題も洗い出します。
この段階で「何が問題なのか」を共有することで、社内の意識を統一し、改善の方向性を定めやすくなります。
3.目標設定と推進体制の構築
現状を踏まえ、明確な数値目標と実行計画を策定します。
例えば「女性管理職比率を○年までに30%に」「障がい者雇用率を法定以上に維持」など、達成期限を設定した具体的な目標が重要です。
また、ダイバーシティ&インクルージョン推進を専門的に担う部署(推進室)やタスクフォースを設置し、責任者・メンバーを明確にします。加えて、管理職研修やワークショップを通じて、現場リーダーが多様性を支援するスキルを身につけることも欠かせません。こうした組織的な体制づくりが、D&Iを一過性ではなく継続的な取り組みとして根付かせます。
4.制度・仕組みの整備
理念と体制を整えたら、実際に行動を支える制度設計に移ります。育児・介護と仕事の両立支援、フレックスタイムやリモートワークなど柔軟な働き方の導入、採用・評価におけるバイアス排除などが代表例です。5.取り組みの評価と改善
最後に、ダイバーシティ&インクルージョンの施策を定期的に評価し、継続的な改善を行います。
KPI(例:女性管理職比率、育休復帰率、従業員満足度)や定性データ(社員の声、サーベイ結果)をもとに進捗を確認し、経営層へフィードバックします。
また、社内報や外部への発信によって成果を共有することで、企業ブランドの向上にもつながります。改善サイクルを回し続けることで、D&Iは企業文化として定着し、持続的な競争力の源泉となります。
ダイバーシティ&インクルージョン推進における課題と解決策

最後に、ダイバーシティ&インクルージョンを推進する上で直面しやすい課題とその解決策を解説します。
経営層と現場の温度差はどうすれば解消できますか?
経営層がD&Iを掲げても、現場に十分伝わらず形骸化することがあります。その場合は、トップメッセージを発信するだけでなく、管理職研修や行動指針の提示を組み合わせることが有効です。さらに、KPIを数値化し、定期的に進捗を共有することで、経営と現場のギャップを縮めることができます。
無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)はどう対処すればよいですか?
アンコンシャス・バイアスは、採用や評価に影響を与える大きな課題です。解決策としては、定期的なアンコンシャス・バイアス研修を実施し、具体的な事例を通じて気づきを促すことが効果的です。また、採用や昇進の場面では複数人で評価を行う仕組みを導入し、公平性を高めることが望ましいです。
制度を作っても浸透しないのはなぜですか?
時短勤務や在宅勤務制度を導入しても、現場で「使いにくい」と感じられることがあります。その場合は、実際に制度を利用した社員の声や成功事例を発信することが重要です。上司やチームが制度利用をポジティブに受け止める文化をつくることで、制度の活用率を高めることができます。
D&Iの効果はどうやって測定すればよいですか?
D&Iの成果は数値化が難しい面があります。女性管理職比率や離職率といった定量データに加え、エンゲージメントサーベイや匿名アンケートを活用して従業員の声を集めることがおすすめです。制度の利用率や離職理由とあわせて分析することで、定性的・定量的な両面から効果を見える化できます。
短期的な成果と長期的な文化醸成はどう両立すればよいですか?
D&I推進には「すぐに結果を出すプレッシャー」がつきものです。短期的には女性管理職比率などの数値目標をKPIに設定し、1年以内に進捗を出すことが大切です。一方で、中長期的には職場の意識変容や多様な人材の定着をゴールに据え、3〜5年スパンで文化醸成を目指すことで、短期と長期の両立が可能になります。
まとめ
ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)は、企業が持続的に成長していくための重要な経営戦略です。多様な人材を受け入れ(ダイバーシティ)、それぞれが尊重され力を発揮できる環境をつくる(インクルージョン)ことで、組織の創造性や柔軟性が高まります。
背景には、少子高齢化や価値観の多様化、人的資本経営やESGへの注目の高まりがあります。今やD&Iは「社会的に良いこと」ではなく、企業が選ばれ続けるための条件となっています。
D&Iを進めることで、業績向上やイノベーションの促進、離職防止や採用力の強化、企業ブランドの向上といった効果が期待できます。その実現には、経営層のリーダーシップのもとで、現状把握・制度整備・社員教育を段階的に進め、継続的に改善していく姿勢が欠かせません。
完璧を目指すよりも、できるところから始めて続けることが成功の鍵です。自社の文化に合った形でD&Iを育て、すべての人が活躍できる職場づくりを目指しましょう。





