プレゼンティーズムの測定方法:損失額の計算や分析方法から対策まで

2025年 9月 5日

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健康経営や人的資本経営において、従業員の生産性を正確に把握することは重要な経営課題です。特にプレゼンティーズムは、アブセンティーズムと比べて見えにくい問題として注目されています。

本記事では、プレゼンティーズムの定義から具体的な測定方法、活用法まで詳しく解説します。

プレゼンティーズムとは何か?

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プレゼンティーズムとは、頭痛や肩こり、PMSなど心身の調子が悪いまま出勤している状態を指します。「まじめに出勤している」と評価されがちですが、実際には企業に大きな損失をもたらす隠れた課題です。体調不良を抱えたまま働くと集中力が低下し、判断ミスが増え、本来の能力を発揮できなくなります。

アブセンティーズムとの違い

プレゼンティーズムと混同されやすいのが「アブセンティーズム」です。

プレゼンティーズム(Presenteeism)

  • 定義:出勤しているが健康問題により十分なパフォーマンスを発揮できない状態
  • 特徴:出勤しているため問題が見えにくい
  • 測定方法:アンケートやインタビューによる定性調査が必要
  • 損失の性質:生産性の低下による間接的な損失

アブセンティーズム(Absenteeism)

  • 定義:心身の不調により職場を休む状態
  • 特徴:目に見える欠勤・休職として現れる
  • 測定方法:勤怠データから比較的容易に把握可能
  • 損失の性質:直接的な労働時間の損失

プレゼンティーズムの測定方法として、WHO-HPQ、SPQ(東大1項目版)が多く用いられていることが報告されており、健康経営を推進する企業にとって重要な指標となっています。

プレゼンティーズムが企業に与える影響

プレゼンティーズムは企業にさまざまな影響を与えます。主な影響は以下の通りです。

直接的な影響

  • 業務の質とスピードの低下
  • 判断ミスや作業ミスの増加
  • 創造性や問題解決能力の低下
  • 顧客対応品質の低下

間接的な影響

  • チーム全体のパフォーマンス低下
  • 他の従業員への負担増加
  • 職場全体のモチベーション低下
  • 長期的な健康問題への発展リスク

研究によると、プレゼンティーズムによる損失は、アブセンティーズムによる損失の数倍に上ると指摘されています。出勤していても本来の能力を発揮できない状態は、企業の競争力に大きな影響を与えるでしょう。

プレゼンティーズムの測定方法

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プレゼンティーズムの測定には、国際的に標準化された複数の測定ツールが存在します。それぞれに特徴があり、測定目的に応じて選択することが重要です。

WHO-HPQ(Health and Work Performance Questionnaire)

WHO-HPQは海外のエビデンスが豊富で、世界的にもっとも広く活用されているプレゼンティーズム測定のための指標です。世界保健機関(WHO)が開発したこのツールは、実際のパフォーマンスと理想的なパフォーマンスを自己評価させ、生産性損失を推計します。

WHO-HPQの特徴

  • 世界標準の測定ツールとして信頼性が高い
  • 幅広い疾患や症状に対応可能
  • 多国籍企業や研究での利用実績が多い
  • 無償での利用が可能ですが、RIOMHへの入会が推奨されています

測定内容

  • 絶対的プレゼンティーズム:他者と比較した自身のパフォーマンス評価
  • 相対的プレゼンティーズム:過去の自身と比較したパフォーマンス評価
  • 測定期間:過去4週間を対象

計算方法

WHO-HPQでは0-10のスケールで評価し、健康な状態でのパフォーマンスを10とした場合の現在のパフォーマンスを評価します。

▼参考:産業精神保健研究機構 WHO-HPQ

WPAI(Work Productivity and Activity Impairment Questionnaire)

WPAIは、疾患や症状による仕事の妨げの割合を測定するツールです。欠勤(アブセンティーズム)と出勤時の生産性低下(プレゼンティーズム)を同時に算出可能な点が特徴的です。

WPAIの特徴

  • アブセンティーズムとプレゼンティーズムを同時測定
  • 直近7日間を対象にするため、記憶バイアスが少なめ
  • 特定の疾患に特化した版も存在
  • 簡潔な質問項目で回答しやすい

測定内容

  • 欠勤時間と欠勤理由(アブセンティーズム)
  • 出勤時の生産性低下の程度(プレゼンティーズム)
  • 日常生活への影響度合い

計算例(WPAIの場合)

プレゼンティーズム(%) = 支障度スコア ÷ 10 × 100

▼参考:Progress In Mind Japan WPAI-GH

WLQ(Work Limitations Questionnaire)

WLQは、健康問題が仕事のどの側面に影響しているかを詳細に分析できるツールです。職務の性質別に制限度合いを把握できる点が特徴です。

WLQの特徴

  • 仕事の制限を4つの次元で評価
    • 時間管理(Time Management)
    • 身体的負荷(Physical Demands)
    • 精神的負荷(Mental-Interpersonal Demands
    • 作業遂行(Output Demands)
  • 職種や業務内容に応じた詳細な分析が可能
  • 日本初の健康問題による生産性低下率測定プログラム(WLQ-J)が活用されています

活用方法

  • 特定の健康問題がどの業務領域に影響するかを特定
  • 職場での合理的配慮の検討材料として活用
  • 復職支援や業務調整の根拠として利用

JCQ(Job Content Questionnaire)+独自質問

JCQは、職場の心理社会的要因を測定するツールです。他の測定ツールと組み合わせることで、プレゼンティーズムの背景分析が可能になります。

JCQの特徴

  • 職場の心理社会的要因を定量化
    • 裁量度(Job Control)
    • サポート(Social Support)
    • 仕事の要求度(Job Demands)
  • ストレス要因の特定に有効
  • 組織的な改善策の検討に活用可能

他ツールとの組み合わせ効果

  • WHO-HPQ + JCQ:生産性低下の要因分析
  • WPAI + JCQ:職場環境改善の優先順位決定
  • WLQ + JCQ:個別支援策の検討

プレゼンティーズムの測定の流れ

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効果的なプレゼンティーズム測定を実施するためには、体系的なアプローチが重要です。以下のステップに沿って進めることで、有意義な結果を得られるでしょう。

1.目的と測定ツールの決定

まず、プレゼンティーズムの測定目的を明確化することが重要です。目的によって最適な測定ツールが異なるためです。

プレゼンティーズムの測定目的の例

  • 健康施策の効果検証
  • 人的資本開示のためのデータ収集
  • 特定疾患の影響把握
  • 職場環境改善の優先順位決定
  • 復職支援や業務調整の根拠収集

ツール選定のポイント

  • 有償ライセンスや日本語版の有無を確認
  • 組織の規模や業種との適合性を検討
  • 回答者の負担と精度のバランスを考慮
  • 他の健康データとの連携可能性を評価

2.対象者・実施時期の設定

プレゼンティーズムの測定の精度と実行可能性を両立するための設計が必要です。

対象範囲の決定

  • 全社員:組織全体の状況把握に適している
  • 特定部署:部署固有の課題分析に有効
  • 職種別:職種特有のリスク要因の把握が可能
  • 高リスク群:効率的な介入策の検討に活用

実施タイミングの最適化

  • 健康診断やストレスチェックと同時実施が効率的
  • 年1〜2回程度が目安(季節要因も考慮)
  • 組織変更や大型施策の前後での比較測定
  • 繁忙期と閑散期での差異を把握

3.調査設計と周知

回答率と回答の質を高めるための工夫が重要です。

配布方法の選択

  • Webフォーム:効率的でデータ集計が容易
  • 紙アンケート:ITリテラシーに関係なく実施可能
  • 両方併用:多様な働き方に対応

匿名性と記名の検討

  • 無記名:より正直な回答を得やすい
  • 記名:個別フォローアップが可能
  • 部分的記名:部署レベルでの分析と個人特定のバランス

従業員への説明ポイント

  • 調査目的と活用方法の透明性確保
  • 個人への不利益がないことの明示
  • 結果の共有方法と改善への反映プロセス
  • プライバシー保護の具体的な方法

4.回答収集とスコア化

各測定ツールの算出方法に従って、正確にデータを処理します。

回答回収後の処理手順

  1. データクリーニング(異常値や回答漏れの確認)
  2. 各ツールの算出方法に従った生産性損失率(%)の計算
  3. 統計的な分析(平均値、分散、相関など)
  4. セグメント別(部署、年代、職種など)の集計

スコア化の例(東大1項目版の場合)

東大1項目版の設問に対して70%と回答した社員のプレゼンティーズムは、30%と推計されます

計算式:

プレゼンティーズム = 100% - 回答値

5.プレゼンティーズム損失額の推計

プレゼンティーズムによる経済的影響を可視化することで、経営層への説得力を高められます。

基本的な計算式

プレゼンティーズム損失額 = 生産性損失率 × 総労働時間 × 労働時間あたり付加価値額

部署別・職種別分析の意義

  • 重点対策領域の特定
  • 限られた予算の効果的配分
  • 職種特有のリスク要因の把握
  • 改善施策の優先順位決定

プレゼンティーズムの因子別クロス分析とは

プレゼンティーズムは、測定だけでなく分析を行って改善につなげることが重要です。プレゼンティーズムの因子別クロス分析とは、プレゼンティーズムデータと属性データや環境データを組み合わせて分析する方法です。単なる生産性低下率の平均値ではなく、「どの層・どの条件で生産性低下が大きいのか」を把握することで、改善施策を「全社一律」ではなく「重点ターゲット別」に策定できます。

主なクロス分析の切り口

1. 個人属性因子

  • 年齢層(20代・30代・40代…)
  • 性別
  • 勤続年数
  • 職位(一般職・管理職)

2. 職務・部署因子

  • 部署別(営業、開発、製造など)
  • 職種別(内勤・外勤)
  • シフト制/固定勤務

3. 健康・生活習慣因子

  • 健康診断結果(BMI、血圧、血糖値など)
  • ストレスチェック結果
  • 喫煙・飲酒習慣、運動習慣

4. 働き方因子

  • 労働時間(残業時間)
  • テレワーク有無
  • 有給取得率

5. 時期・外部要因

  • 月別(季節性の影響)
  • 繁忙期/閑散期
  • 感染症流行時期

プレゼンティーズムの因子別クロス分析の例

プレゼンティーズム × 部署 → 特定部署で高い生産性低下率を確認 → 業務負荷や職場環境の問題を疑う

プレゼンティーズム × 年齢層 → 40代女性で高め → 更年期やライフステージ特有の課題に対応した施策を重点化

プレゼンティーズム × 残業時間 → 残業多いグループで生産性低下率高 → 過重労働対策を優先

クロス分析結果を施策につなげる流れ

  1. プレゼンティーズムデータと因子データを組み合わせて集計・可視化(ピボットテーブルやBIツール)
  2. 有意差や相関の強い組み合わせを特定
  3. 高リスク群に合わせた施策を設計
    1. 健康施策(例:特定健康診断、メンタルヘルスケア)
    2. 働き方改善(例:業務負荷調整、柔軟な勤務制度)

翌年度以降、同じ切り口で再計測して効果検証

測定結果の活用方法と改善施策

プレゼンティーズムを測定した後は、結果を適切に解釈し、具体的な改善策につなげることが重要です。ここでは、プレゼンティーズムの測定結果の見方や捉え方、実剤の施策例を紹介します。

数値の読み解き方と分析例

生産性損失率の目安

  • 0-10%:軽微な影響
  • 10-30%:中程度の影響(対策検討が必要)
  • 30%以上:深刻な影響(緊急対策が必要)

分析の観点

前述の因子別クロス分析以外にも、以下のような分析の観点があります。

  • 全社平均との比較
  • 業界ベンチマークとの比較
  • 経年変化の傾向
  • 他の健康指標との相関

施策の立案

生産性損失率が中程度以上で、要因の予測が立てば、実際に施策を検討しましょう。以下は、施策の例です。

休養促進策

  • 適切な休暇取得の推奨
  • 休憩時間の確保と環境整備
  • リフレッシュ制度の導入

ストレスケア

  • メンタルヘルス研修の実施
  • カウンセリング体制の充実
  • ストレス軽減プログラムの提供

職場環境整備

  • 作業環境の改善(照明、温度、騒音等)
  • コミュニケーション促進策
  • 業務プロセスの見直し

健康経営の推進と従業員満足度の向上

プレゼンティーズムの改善は、健康経営全体の推進と従業員満足度の向上につながります。継続的なPDCAサイクルを回すことで、組織全体のパフォーマンス向上を実現できるでしょう。

プレゼンティーズムの対策方法

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プレゼンティーズムを測定した後は、根本原因に対する多角的なアプローチが必要です。効果的な対策は予防から環境改善まで幅広く展開することが重要でしょう。

有給病気休暇制度の導入

突発的な病欠に有給を適用できる制度を整備し、経済的不安からの無理な出勤を防止します。早期回復と感染症拡大防止にもつながります。

制度設計のポイント

  • 病気休暇専用の有給日数設定
  • 診断書提出の要件明確化
  • 復職時のフォローアップ体制
  • 制度利用への心理的障壁の除去

時間単位休暇・半日休暇制度の運用拡大

通院や家庭の事情による短時間欠勤を有給扱いにし、無理な出勤を回避できます。柔軟な働き方の促進にもつながるでしょう。

運用のポイント

  • 時間単位での取得可能時間数の設定
  • 申請手続きの簡略化
  • 管理職の理解促進
  • 業務調整体制の整備

産業医・カウンセラーとの定期面談制度

健康診断やストレスチェックの結果に基づき、心身の不調リスクがある社員に早期対応を行う仕組みを構築します。

効果的な運用方法

  • リスクレベルに応じた面談頻度設定
  • 専門職による継続的フォロー
  • 職場復帰支援プログラムとの連携
  • 秘密保持と安心できる相談環境の確保

業務属人化防止のためのジョブローテーション

特定社員の不在時でも業務が滞らないよう、複数人で担当できる体制を作ります。体調不良時でも安心して休める環境づくりが重要です。

実施のポイント

  • 業務の標準化とマニュアル整備
  • クロストレーニングの実施
  • 情報共有システムの充実
  • チーム制による相互サポート体制

繁閑期に応じた人員配置の最適化

プレゼンティーズムが高まりやすい繁忙期に応じて、応援人員や外部リソースを活用します。過労やストレスによる生産性低下を抑制できるでしょう。

最適化の手法

  • 業務量予測に基づく人員計画
  • フレキシブルな応援体制
  • 外部委託の戦略的活用
  • 業務の平準化努力

予防接種・健康増進プログラムの全額補助

インフルエンザやコロナなど季節性疾患の予防接種を会社負担で実施し、体調不良による生産性低下を減らします。

プログラムの内容例

  • 季節性予防接種の全額補助
  • 健康診断項目の充実
  • 運動習慣促進プログラム
  • 栄養指導・食事支援
  • 禁煙支援プログラム

まとめ:プレゼンティーズムを測定し、生産性向上へ

プレゼンティーズムの測定は、見えない生産性損失を可視化し、戦略的な組織改善を実現するための重要なツールです。単なる現状把握にとどまらず、データドリブンな健康経営を実現する基盤となります。アブセンティーズムとの複合分析により、より包括的な従業員の健康状態把握が可能になるでしょう。

健康経営や人的資本経営が注目される中、プレゼンティーズムの適切な測定と対策は企業の持続的成長に欠かせない要素です。まずは現状把握から始めて、継続的な改善サイクルを構築し、真の意味での組織力向上を実現していきましょう。

▼参考:経済産業省 健康経営優良法人認定制度

▼参考:ACTION!健康経営|ポータルサイト

▼参考:産業精神保健機構(RIOMH)