福利厚生費とは?非課税になる要件やリスクがあるケースの例を解説
2025年 9月 5日

従来、福利厚生費は従業員の生活や健康を守るためのコストと考えられてきました。
しかし人口減少や働き方の多様化が進む中で、いまや人材確保や生産性向上に直結する投資としての性格を強めています。
この記事では、福利厚生費の基本から会計・税務の扱い、最新の動向や健康経営・女性活躍推進といった実践事例までを解説し、企業が戦略的に活用するための視点を提示します。
福利厚生費の基本を徹底解説
そもそも福利厚生費とは?その本質と目的
福利厚生費とは、給与や賞与とは別に、企業が従業員のために負担する費用のことです。その本質的な目的は、従業員の労働意欲を向上させ、生活の安定や健康維持をサポートし、企業への定着を促進することにあります。福利厚生費は、従業員全体の福利向上を目指すものであり、雇用された従業員のために支出された費用が対象となります。したがって、個人事業主自身やその家族のために支出された費用は、原則として福利厚生費として計上することはできません。ただし、家族以外の従業員を雇用している場合は、その従業員に対する支出は福利厚生費として認められます。
法定福利費と法定外福利費
福利厚生費は、その性質から「法定福利費」と「法定外福利費」の二つに大別されます。
法定福利費
法定福利費とは、法律によって企業負担が義務付けられている費用です。これらの費用は、従業員の雇用形態にかかわらず、法律で定められた適用条件を満たしている労働者すべてに適用されるため、企業の裁量権は基本的にありません。具体的には、以下の6種類が該当します。
・健康保険
・厚生年金保険
・雇用保険
・労災保険
・介護保険(40歳以上64歳までの従業員が対象)
・子ども・子育て拠出金
法定外福利費
法定外福利費とは、法律で定められていない、企業が独自に設ける福利厚生制度のことです。一般的に、経費精算において「福利厚生費」として扱われるのは、こちらの法定外福利費を指すことが多くなります。その内容は企業ごとに大きく異なり、住宅手当、社員旅行、食事補助、通勤手当、健康診断費用、特別休暇制度など、多岐にわたります。
福利厚生費と他勘定科目との違い
福利厚生費を正しく理解し、経理処理を行うためには、給与や交際費といった他の勘定科目との明確な区別が不可欠です。
給与との違い
福利厚生費は、従業員の生活や健康を向上させるための費用であり、給与とは区別されます。特定の従業員に限定して支給されたり、現金や換金性の高い形で支給されたりすると、それは福利厚生の趣旨から外れ、給与とみなされて所得税の課税対象となるリスクが生じます。
交際費との違い
福利厚生費は、あくまで「従業員」の福利向上を目的とした費用です。これに対し、交際費は取引先など社外の関係者との関係構築を目的とした支出を指します。実質が取引先への接待である場合は、福利厚生費ではなく交際費として処理する必要があります。
福利厚生費の会計・税務処理
会計上、法定福利費と法定外福利費は異なる勘定科目で処理されるのが一般的です。法定福利費は「法定福利費」勘定で、法定外福利費は「福利厚生費」として処理されます。
実務上、福利厚生費を適切に計上し、税務上のリスクを回避するためには、正確な記帳と関連資料の保存が不可欠です。支出の目的、対象者、金額などを明確に定めた社内規程を整備することが、税務調査時の対応をスムーズにし、企業運営の透明性を高める上で極めて重要となります。
例えば、社員旅行の費用として10万円を普通預金から支出した場合の一般的な仕訳例は以下の通りです。
(借方)福利厚生費100,000円 (貸方)普通預金100,000円
福利厚生費が非課税となる4つの要件
福利厚生費が税務上の「損金」として認められ、かつ従業員の所得税が「非課税」となるためには、以下の4つの厳格な要件をすべて満たす必要があります。
要件1:福利厚生の目的として適切な内容であること
非課税と認められるためには、従業員の健康維持、生活支援、労働環境の改善など、福利厚生の本来の目的に即した内容であることが求められます。娯楽目的が主となるサービスなどは課税対象となりやすい傾向があります。
要件2:すべての従業員に公平に提供されていること
福利厚生の支給対象が、特定の役員や一部の従業員に限定されてはなりません。たとえ従業員本人がその制度を利用しなくても、制度自体が全従業員を対象としていることが非課税の判断基準となります。
要件3:社会通念上妥当な金額であること
支出する金額が、社会一般の常識的な範囲内であることも重要な要件です。例えば、従業員一人あたり数十万円に及ぶ豪華な社員旅行や、高額な贈答品などは、福利厚生の趣旨から逸脱すると判断され、税務署から指摘を受けるリスクが高まります。
要件4:現金や換金性の高い支給ではないこと
国税庁の見解では、福利厚生は「現物給付」、すなわち物品やサービスの提供が原則とされています。現金や換金可能な商品券を支給する場合は、給与性が強いとみなされ、所得税の課税対象となります。
非課税となる具体例と課税されるリスク
上記の要件を踏まえると、福利厚生費には非課税となるものと、課税されるリスクがあるものが存在します。
【非課税となるケースの例】
・通勤手当
税法上の限度額内(公共交通機関の場合は15万円までなど)であれば、非課税となります。
・健康診断費用
労働安全衛生法で定められた一般的な健康診断の費用は、全従業員を対象としている限り、非課税となります。
・社員旅行費用
旅行の期間や金額が社会通念上妥当な範囲内であれば、非課税として計上できます。
・食事の現物支給
従業員から食事の価格の50%以上の対価を徴収し、かつ会社負担額が月額3,500円以下であるという両方の要件を満たせば、非課税となります。
【課税されるリスクがあるケースの例】
・現金や商品券の支給
・特定の役員や従業員のみを対象とした制度
・過度に豪華な内容の社員旅行や高額な贈答品
従業員が立て替えた健康診断費用を後日現金で精算するケースも、原則として課税対象となりうる点に注意が必要です。
福利厚生費の税務上の扱いにおいて、企業が「現物」とみなされるような形で工夫することが、従業員に最大限のメリットを提供するための重要な鍵となります。
例えば、住宅手当を現金で支給すると給与として課税されますが、会社が賃貸物件を借り上げ、それを社宅として従業員に貸し出す場合は、従業員が家賃相当額の50%以上を負担していれば非課税となります。
この「支払い形式の工夫」こそが、コストを抑えつつ、従業員に実質的な経済的メリットを非課税で提供するための、人事・経理担当者に求められる戦略的思考となります。
データで見る福利厚生費の現状と動向
従業員一人あたりの平均福利厚生費:内訳と推移
日本経済団体連合会(経団連)が実施した2019年度の調査によると、従業員1人1ヶ月あたりの福利厚生費は、全産業平均で108,517円でした。このうち、法定福利費は84,392円で、福利厚生費全体の約77.8%を占めており、残りの24,125円が法定外福利費でした。
このデータから、福利厚生費の大部分を法定福利費が占めていることがわかります。
トレンド分析:法定福利費と法定外福利費の構造変化
近年のデータは、福利厚生費の構造が大きく変化していることを示唆しています。
法定福利費の増加傾向
過去20年間で、法定福利費は一貫して右肩上がりに上昇しています。2019年度には、現金給与総額に対する法定福利費の比率が15.4%となり、これは過去最高を記録しました。これは、社会保障制度の改定や保険料率の引き上げなどに伴い、企業の負担が着実に増大していることを示しています。
法定外福利費の構造変化
法定外福利費全体は減少傾向にあるものの、その内訳は大きく変化しています。例えば、住宅関連費や慶弔関係費は過去20年で減少傾向が続いています。
一方で、注目すべきは「医療・健康」関連費用の顕著な増加です。法定外福利費に占める医療・健康費用の割合は、1963年以降で最も高い水準に達しており、企業が従業員の健康投資に力を入れていることが伺えます。
外部環境がもたらす影響:コロナ禍と福利厚生費の激変
2021年度の厚生労働省による調査では、法定外福利費が前回調査から25%も大幅に減少したことが報告されています。この急激な減少は、主にコロナ禍で社員旅行や対面でのレクリエーションイベントが開催できなくなったことに起因しています。
この激変は、多くの企業が福利厚生の本質を再考する契機となりました。社員旅行のような対面型で「楽しいイベント」としての福利厚生の支出が激減する一方で、従業員の生活や健康を直接的に支える「本質的な」福利厚生(ヘルスケア、フレキシブルな働き方支援、ファミリーサポートなど)への関心が大きく高まりました。
これは、福利厚生が単なる「慰安」目的の費用ではなく、「従業員の課題解決」という本来の目的に立ち返り、より戦略的な投資へとその姿を変えていることを明確に示しています。
まとめ
本稿を通して、福利厚生費が単なる給与の補完や従業員慰労のための費用ではないことが明らかになりました。法定福利費の継続的な増加と、外部環境の変化による法定外福利費の「施設から支援へ」のシフトは、企業に福利厚生戦略の根本的な見直しを強く促しています。
現代において、福利厚生費は、従業員のニーズを的確に捉え、企業が直面する経営課題と一体で捉えるべき最重要投資です。特に、健康経営と女性活躍推進は、福利厚生が最も大きな効果を発揮できる分野であり、これらに戦略的に投資することで、企業は優秀な人材の獲得・定着、生産性の向上、そして持続的な競争優位性を確立することができます。
時代に合わせた福利厚生を再構築し、従業員のエンゲージメントを最大化する。このアプローチこそが、従業員と企業双方の未来を支える鍵となるのです。