健康診断は福利厚生費に計上できる? 必須要件と企業の未来を拓く戦略的価値

2025年 9月 8日

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この記事では、「健康診断の費用は福利厚生費にできるのか?」という実務的な問いに、税務・労務・会計の観点から、包括的かつ詳細に解説します。

福利厚生費として計上するための必須要件から、例外的なケース、具体的な会計処理まで、網羅的に掘り下げていきます。

健康診断費用を福利厚生費として計上するための3つの必須要件

健康診断の費用を福利厚生費として計上し、非課税で損金算入するためには、国税庁の見解や過去の裁決事例に基づき、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。これらの条件は、単なる会計処理のルールではなく、「従業員への経済的利益の公平な提供」という福利厚生の根本原則を示すものだと理解することが重要です。この原則から外れると、給与や役員報酬とみなされ、所得税や法人税が課せられる可能性があります。

全従業員が対象であること:公平性の原則

福利厚生は、特定の個人への給与や賞与とは異なり、全従業員に平等に提供されるべきものです。健康診断の費用を福利厚生費として計上するには、正社員、契約社員、一定の条件を満たすパート・アルバイトなど、企業が健康診断を実施する義務を負う全ての従業員が対象となる必要があります。一部の従業員のみを対象としたり、特定の役職者だけに限定したりすると、福利厚生とは認められず、給与として課税される可能性があるため注意が必要です。

しかし、公平性の原則には、合理的な理由に基づく例外も認められています。例えば、「40歳以上の従業員のみ人間ドックの受診を認める」など、特定の年齢層に限定した制度は、健康管理の観点から合理的と判断され、福利厚生費として認められる場合があります。

特に役員の費用負担については、従業員との区別が問題となることがあります。役員のみを対象とした高額な健康診断は、給与(役員報酬)とみなされ、会社側では損金算入できず、役員側では給与所得として課税されることになります。ただし、新設法人などで従業員がいない「一人社長」の会社の場合、役員のみの健康診断であっても、一般的に福利厚生費として認められることが多いです。これは、そもそも従業員がいないため、特定の個人にのみ利益を与えたとはみなされないためでしょう。

費用が社会通念上の常識的な範囲内であること

福利厚生として認められるためには、その費用が社会一般で妥当とされる金額・内容であることが求められます。高額すぎる人間ドックや、宿泊費、食事代などが含まれるものは、福利厚生の趣旨から外れると判断される可能性があります。一般的な健康診断の費用は1万円から1万5千円程度が相場とされています。

人間ドックは、法律で定められた健康診断の項目をすべて満たしていれば、法定健診の代替として認められます。費用についても、2日間の人間ドックで数万円程度、具体的には10万円を超えない範囲であれば、常識的な範囲として福利厚生費にできると推測されています。

がん検診や脳ドックなどの特定のオプション検査の扱いには、より慎重な判断が求められます。これらの検査は、会社の方針に基づき、全従業員を対象としていれば福利厚生費として認められる場合があります。しかし、医学的必要性を超える過度に高額な検査や個人的な趣味・嗜好に基づく検査は、福利厚生の本来の目的から逸脱しているとみなされ、給与課税の対象となるリスクがあります。

会社が費用を負担すること:給与課税を避けるための支払い方法

健康診断の費用を給与として課税されないようにするためには、会社が直接医療機関に費用を支払うのが原則的な方法です。この方法であれば、従業員に金銭的な利益が直接発生しないため、給与として課税されるリスクを確実に回避できるでしょう。

しかし、実務上は、従業員が一時的に費用を立て替えて、後日会社に精算を求めるケースも少なくありません。この場合、一部の情報源では「給与課税となる」と記載されています。

一方で、国税庁の質疑応答事例や複数の税理士の見解は、これと異なる見解を示しています。これらの専門家によると、医療機関への直接払いは必須条件ではなく、従業員が立て替えて後日会社が精算する方法でも、以下の条件を満たせば給与課税は不要とされています。

  • 希望者全員が受診可能であること
  • 受診した全員の費用を会社が負担すること
  • 負担額が著しく多額でないこと
  • 会社の規程で明確なルールが定められていること
  • 会社名義の領収書を従業員に依頼すること

この情報から導き出される重要なことは、税務当局が重視するのは、形式(直接払いか否か)だけでなく、実態(公平性、目的の妥当性)であるという本質です。従業員への金銭支給に見えても、その背後にある「企業全体の健康管理」という明確な目的と、それを裏付ける社内規程があれば、給与とはみなされないということです。直接支払いが最も安全な方法であることは確かですが、実務上の便宜を考慮し、適切な内部規程を整備することで、従業員の立て替え精算も税務上問題なく運用できるでしょう。

健康診断費用が福利厚生費とならないケースと注意点

すべての健康診断費用が福利厚生費として認められるわけではありません。特定のケースでは、経費計上ができない、あるいは給与として課税される可能性があるため、事前に確認しておくことが重要です。

個人事業主本人の健康診断費用

法人の場合と異なり、個人事業主が自身の健康診断にかかる費用は、原則として経費に計上できません。これは、事業主自身の健康診断が事業活動と直接関連する経費とは認められず、個人的な費用とみなされるためです。

ただし、個人事業主でも従業員を雇用している場合は、その従業員を対象とした健康診断費用は、法人の場合と同様に福利厚生費として経費計上可能です。また、事業主自身の健康診断費用を事業用口座から支払った場合は、勘定科目を「事業主貸」として処理し、事業用の資金から個人的な費用を支出したことを明確に示します。

なお、健康診断の目的は病気の発見であり、医療行為とはみなされません。そのため、健康診断費用は原則として医療費控除の対象にもなりません。しかし、健康診断で病気が発見され、その後の治療費が一定額を超えた場合は、健康診断費用も「医療費控除」の対象とすることが可能です。

再検査費用や家族の分を負担した場合

会社が従業員に提供する義務があるのは、一次的な健康診断までです。その結果、「要再検査」「要精密検査」と判定された場合の費用については、法律上の会社負担義務はありません。これらの費用は、病気の治療・診断を目的とした医療行為とみなされるため、従業員が自身の健康保険を利用して負担するのが原則です。会社が任意で費用を補助した場合、福利厚生費ではなく給与課税の対象となるリスクがあります。

また、従業員の配偶者や家族の健康診断費用は、会社に法的負担義務がなく、また「一般的」とも認められないため、福利厚生費には該当しません。会社が費用を負担した場合は、従業員への給与として課税されることになります。これは、従業員が受けた経済的な利益とみなされるためです。

健康診断の勘定科目と税務処理

健康診断の費用は、適切に処理することで、企業の節税に繋がります。ここでは、具体的な勘定科目と税務上の注意点を解説します。

福利厚生費の仕訳例と損金算入のメリット

従業員全員を対象とし、前述の要件を満たした健康診断の費用は、借方科目に「福利厚生費」として計上します。これにより、企業の経費として認められ、法人税の課税所得を圧縮し、結果として法人税の節税効果を得ることができます。

具体的な仕訳の例を挙げてみましょう。従業員全員の健康診断費用10万円を現金で支払った場合、以下のように記帳します。

借方:福利厚生費100,000円/貸方:現預金100,000円

健康診断費用にかかる消費税

健康診断費用には消費税が課税されます。これは、健康診断が健康保険が適用される「社会保険医療の給付等」に該当しないためです。予防医療や自由診療にあたるものは課税取引となり、消費税の納税義務がある事業者は、消費税分を適切に処理する必要があります。

税抜経理方式を採用している場合、消費税を「仮払消費税」として分離して仕訳します。例えば、従業員15名の健康診断費用75,000円(税込)を現金で支払った場合、以下のように処理します。

借方:福利厚生費68,182円/仮払消費税6,818円/貸方:現金75,000円

税込方式の場合は、消費税を含めた全額を「福利厚生費」として計上します。どちらの方式でも問題はありませんが、税務上の処理を明確にしておくことが大切です。

福利厚生費の健康診断のチェックリスト

これまでの解説を踏まえ、健康診断の費用を福利厚生費として適切に処理するための要件をチェックリスト形式でまとめました。

  • 全従業員が対象か?

法定健診の対象となる正社員、契約社員、パート・アルバイトを含め、全ての従業員が受診できる制度になっているかを確認しましょう。特定の役員や一部の社員だけが対象になっていないか注意が必要です。

  • 費用は常識の範囲内か?

一般的な健康診断や人間ドックの費用、検査項目が社会通念上妥当な範囲内かを確認しましょう。宿泊費や過度に高額なオプション検査が含まれていないか、また会社の方針と関連性が薄い検査ではないか、検討しましょう。

  • 会社が費用を負担しているのか?

医療機関へ直接支払う形が最も安全です。従業員が立て替える場合は、その費用負担が給与とみなされないよう、会社の就業規則や福利厚生規程で明確にルールを定め、会社名義の領収書を保管するようにしましょう。

  • 個人事業主本人の費用ではないか?

個人事業主本人の健康診断費用は原則、経費にはできません。ただし、従業員を雇っている場合は、従業員の分は福利厚生費として計上可能です。

  • 再検査や家族の分ではないか?

再検査や精密検査、従業員の家族の健康診断費用については、会社に法的負担義務はありません。任意で負担した場合、給与課税の対象となるリスクがあります。

まとめ

「健康診断は福利厚生費に計上できる?」という問いは、単なる経費処理の可否に留まるものではありません。その答えは、法的な要件を遵守し、企業が従業員の健康をどのように捉え、どのように投資していくかという、より大きな経営判断に深く関わっています。

本稿で解説したように、健康診断への費用負担を福利厚生費として適切に計上することは、法人税の節税に繋がるだけでなく、従業員の安全と健康を守る企業の安全配慮義務を果たすことで、訴訟や労災といった潜在的なリスクを回避する重要な手段です。

健康診断への費用負担は、単なるコストではなく、未来の成長を支える基盤を築くための重要な手段だと言えるでしょう。