企業の競争力を高める戦略的投資としての「プレ・マタニティハラスメント」対策

2025年 9月 11日

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プレマタニティハラスメント(プレマタハラ)は、妊活や不妊治療に取り組む従業員に対する偏見や無理解から生じるこの問題です。単なるハラスメント防止にとどまらず、企業のリスクマネジメントや成長戦略に直結します。

本記事では、プレ・マタハラの定義やマタハラとの法的違い、企業と従業員が直面するリスクを解説します。そして先進企業の事例をもとに、企業がどのように対策を講じるべきかをまとめたので、参考にしてみてください。

プレマタニティハラスメントとは?

ここでは、プレマタニティハラスメントの実態と法的な違いについて解説します。

プレマタニティハラスメントの明確な定義

プレマタニティハラスメントとは、妊活や不妊治療といった、妊娠を希望する従業員に対して行われる嫌がらせ行為を指す概念です。この概念は、NPO法人Fineが長年にわたり提唱してきたものであり、マタニティハラスメントに比べて社会的認知度が低いのが現状です。

しかし、その被害は決して軽視できるものではありません。ある調査によると、過去5年間でプレ・マタハラの被害を経験した従業員は17.9%にものぼり、約5人に1人が被害を経験しているという実態が明らかになっています。

具体的なプレマタニティハラスメントの言動は多岐にわたり、その背景には不妊治療に対する無理解や業務への懸念が潜んでいます。

例えば、頻繁な通院や体調不良に対し、上司が「治療をしているのは知っているが、周囲に迷惑をかけている。もっと責任を持って仕事をしてほしい」と発言する行為が挙げられます。また、人手不足を懸念した管理職が、女性従業員の妊娠タイミングを指定したり、「入社してから3年は子供を作らないのが常識」といった個人的な持論を周囲に吹聴するといった行為もプレマタハラに該当します。

このような行為が続けば、妊活を優先したい従業員の退職を促してしまう可能性があるでしょう。

「プレマタハラ」と「マタハラ」の違い

マタハラとプレマタハラは、どちらも妊娠に関連するハラスメントですが、その法的基盤には決定的な違いが存在します。マタニティハラスメントは、妊娠・出産・育児休業などを「契機として」生じる不利益取扱いを指し、男女雇用機会均等法第9条や育児・介護休業法第10条で明確に禁止されています。また、事業主にはハラスメントを防止するための措置を講じる義務が課されています。

一方、プレマタハラは、妊活や不妊治療といった妊娠「前」の嫌がらせであるため、現行法が直接的な保護対象として明記している「妊娠・出産」という事由の範囲外となる場合が少なくありません。この法的空白は、従業員が「職場の理解を得られず仕事と不妊治療の両立に支障が出たり」、最終的に「退職してしまう」といった事態を招く根本原因となっています。

マタハラは法律で明確に禁止されているため、企業には防止措置の義務が課されていますが、プレマタハラには直接的な防止義務が明記されていないのが現状です。

プレマタハラ放置のリスクと従業員の心理的課題

プレマタハラは、企業にどのようなリスクをもたらすのでしょうか。また、当事者である従業員はどのような困難に直面しているのでしょうか。

プレマタハラの潜在的リスク

プレマタハラそのものが現行法で明確に違法とされていなくても、その結果として従業員が不利益な取り扱いを受けた場合、企業は法的責任を問われる可能性があります。この法的リスクを理解する上で重要なのが、「契機(きっかけ)論」です。

過去の判例、特に「広島中央保健生活協同組合事件」の最高裁判決は、妊娠中の女性労働者の軽易業務への転換請求を契機とした降格措置が、原則として法律違反であると判断しました。この判決は、事業主が妊娠等以外の理由を主張しても、それが客観的に合理的でなく、妊娠等が不利益取扱いの実質的な原因であると認められる場合には、法律違反となることを示唆しています。この考え方は、不妊治療中のハラスメントが原因で従業員が退職を余儀なくされた場合にも適用される可能性があり、法的に企業が責任を問われるリスクを示唆しています。ハラスメントを行った加害者個人だけでなく、企業も「使用者責任」として不法行為に基づく損害賠償を負うリスクがあるでしょう。

プレマタハラの経営的リスク

プレマタハラは、法的リスクに加えて、企業の経営基盤を揺るがす深刻なリスクを内包しています。不妊治療中の従業員が職場の理解を得られずに離職するケースは多く、これは企業にとって貴重な人材とノウハウの喪失を意味します。人材の採用・育成にかかるコストを考慮すると、その経済的損失は計り知れません。

さらに、ハラスメントの事実が訴訟やSNSを通じて外部に知れ渡れば、企業のブランドイメージは大きく毀損し、採用力も低下します。逆に、不妊治療支援に積極的に取り組む姿勢は、「子育てに理解がある会社」として評価され、優秀な人材を引きつける強力な武器となります。

また、治療と仕事の両立に悩む従業員は、多大なストレスから心身の健康を損ない、仕事への生産性が低下します。これは個人のパフォーマンス低下に留まらず、組織全体の活力と生産性に悪影響を及ぼします。

プレマタハラ対策を講じない場合、企業は多岐にわたるリスクに直面します。まず、ハラスメントを契機とした不利益取扱いによる訴訟や損害賠償責任を負う法的リスクがあります。また、優秀な人材の流出とノウハウの喪失、採用コストの増加といった人材リスク、従業員のストレス増加と生産性の低下、職場の人間関係の悪化といった組織リスクも生じるでしょう。

不妊治療と仕事の両立における課題

不妊治療は、従業員にとって多大な身体的・精神的負担を伴います。特に体外受精などの高度な治療は、ホルモン注射や採卵といった身体的負担に加え、頻繁な通院が必要となります。治療は必ずしも成功するとは限らず、「いつになったら妊娠できるのか」という先の見えない状況が、従業員の精神的なストレスを増大させ、心身ともに疲弊しやすい状態を生み出します。

また、不妊治療は非常にデリケートな問題であり、多くの従業員は「周囲に気遣いをしてほしくない」「うまくいかなかったときに職場にいづらい」といった対人関係上の理由から、治療状況をオープンにすることをためらいます。その結果、厚生労働省の調査では、不妊治療中の従業員から企業側へのサポート要望が届きにくい状況が明らかになっています。企業側も、プライバシーへの配慮から踏み込んだ対応ができていない現状があり、この対話不足が支援を阻む大きな要因となっています。企業がいくら優れた制度を整備しても、従業員がその事実を上司や同僚に打ち明けなければ、制度は形骸化したまま利用されないでしょう。

プレマタハラ防止に向けた総合的対策と先進事例

プレ・マタハラを防止し、従業員が安心して不妊治療と仕事の両立ができるよう、企業はどのような対策を講じればよいのでしょうか。制度と文化の両面から総合的な対策を考えることが重要です。

制度設計による両立支援

休暇制度の多様化

不妊治療を目的とした特別休暇、時間単位・半日単位で取得できる柔軟な休暇制度、法定で失効する有給休暇を積み立てる制度などが有効です。プライバシーに配慮し、「ファミリー休暇」のように目的を限定しない名称とすることも、心理的な障壁を軽減する上で有効な手段です。

柔軟な働き方の推進

フレックスタイム制度、テレワーク、時差出勤、時短勤務などを導入し、通院や体調に合わせて働く環境を整備することが重要です。

費用補助と助成制度

不妊治療は経済的な負担が大きいため、治療費の一部補助・貸付、提携医療機関の割引クーポン、卵子凍結費用補助など、費用面での支援も有効です。

企業文化の醸成と理解促進

制度を効果的に機能させるためには、それを支える企業文化の醸成が不可欠です。

経営層による方針の明確化

社長や役員が、不妊治療への支援や男性の育児・育休取得を応援するメッセージをトップダウンで発信することが、従業員の安心感を醸成する上で非常に重要です。

全従業員向け研修の実施

不妊治療の基礎知識、自社制度の利用方法、ハラスメントに該当する言動とその対処法について、全従業員が学ぶ機会を設けるべきです。特に、不妊治療は男女双方に関わる課題であり、男性も当事者となり得ることを伝えることが、職場の理解を深める上で欠かせません。

相談窓口の設置とプライバシー保護

社内外に相談窓口を設置し、相談担当者への研修を通じて、プライバシー保護の徹底を図る必要があります。

企業における不妊治療支援の先進事例

プレ・マタハラ対策としての不妊治療支援は、業界を問わず先進的な取り組みが広がっています。

  • オリックス株式会社: 従業員一人あたり年間6万円分の福利厚生ポイントが付与される「自分磨き制度」に不妊治療費用を新たに追加し、経済的負担を軽減しています。
  • ユニ・チャーム株式会社: 企業理念と連動し、社員の多様な人生設計を支援するため、福利厚生制度に「卵子凍結あんしんバンク™」サービスを導入しました。
  • オタフクソース株式会社: 不妊治療を目的とした休職・休暇制度を整備し、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社は、最長1年間の休職制度や補助金・融資制度を導入しています。
  • 株式会社エムティーアイ: 早期から不妊治療休職制度を導入し、テレワークやスーパーフレックス制度も取り入れ、より柔軟な働き方を支援しています。

株式会社メルカリや株式会社サイバーエージェント: 妊活支援を軸とした総合的なファミリーサポートプランを策定し、従業員のライフプラン全体を支援する姿勢を打ち出しています。

これらの取り組みは、プレ・マタハラ対策が、次世代の「健康経営」と「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」の象徴であることを物語っています。従来の健康経営は、身体的健康(メタボ対策など)が中心でしたが、不妊治療は肉体的・精神的負担を伴う「見えない病」とも言える健康課題です。この課題に取り組むことは、健康経営の概念を、精神的健康やライフステージに応じた包括的な支援へと拡張するものです。また、不妊治療は男女双方に関わる課題であり、男性の関与を促すことで、従来の「女性活躍推進」の枠を超え、多様な人材の可能性を尊重するD&I経営へと進化する象徴となるでしょう。

まとめ

本レポートの分析は、プレ・マタハラ対策が、単なる法令遵守や個人の問題解決に留まらないことを明らかにしました。それは、従業員の心身の健康とキャリアを包括的に支援することで、優秀な人材の流出を防ぎ、生産性を高め、企業の競争優位性を確立する戦略的経営課題です。

プレ・マタハラは、既存の法律では明確にカバーされていない領域であり、企業は法的な義務化を待つのではなく、自律的にこの課題に取り組むことが求められます。この積極的な姿勢は、社会的な責任を果たすだけでなく、従業員に安心感を与え、企業への貢献意欲を向上させます。

プレ・マタハラへの対応は、まさに「組織のための人」から「人のための組織」へと企業文化を変革する、不可欠な一歩です。従業員の人生の多様な可能性を尊重し、その可能性が最大限に発揮できる環境を整えることが、持続可能な組織を構築し、未来の社会をリードする企業となるための重要な投資となるでしょう。