ジェンダーハラスメントとは?定義や企業のデメリットやリスクを解説
2025年 9月 16日

ハラスメント対策の重要性は認識しつつも、ジェンダーハラスメント対策は何から手をつけるべきか悩んでいる方も少なくありません。
この記事では、ジェンダーハラスメントの本質から、職場に潜む具体的な事例、企業が負う法的責任、そして今すぐ取り組むべき具体的な対策までを網羅的に解説します。
ジェンダーハラスメントへの取り組みは、単なるリスク回避のためだけではなく、従業員が能力を最大限に発揮できる、より良い職場環境を創造するための積極的な一歩だと言えます。本質的な理解を深め、組織の持続的な成長に向けた基盤を構築していきましょう。
ジェンダーハラスメントとは?
ジェンダーハラスメントは、単なる嫌がらせや侮辱的な言動に留まるものではありません。その根本には、社会に深く根付いた性別に関する固定観念や無意識の偏見が存在します。このセクションでは、ジェンダーハラスメントの本質を紐解き、類似するハラスメントとの明確な違いを解説します。
性別による固定観念がハラスメントの根源
ジェンダーハラスメントとは、性別によって社会的な役割や能力、行動様式が異なるといった固定観念に基づき、個人を差別したり、嫌がらせをしたりする行為を指します 。これは、個々のアイデンティティや尊厳を深く傷つけるものであり、「男らしさ」「女らしさ」といった画一的な枠組みに個人を押し込めようとするものです。
例えば、「お茶汲みは女性の仕事だ」と一方的に決めつける行為や、「男のくせにそんなこともできないのか」「男なら泣くな」と男性に強さを要求する言動がこれに該当します 。同様に、「女なら黙って男を支えろ」と女性に補助的な役割を強要することもジェンダーハラスメントです 。このような言動は、その人の個性やスキル、希望を無視し、性別という属性だけでその人を評価しようとするものです。このような言動の背景には、個人の悪意だけでなく、組織内に深く根付いた無意識の偏見が存在している可能性が高いでしょう。したがって、表面的な言動の禁止だけではなく、なぜそのような言動が生まれるのかという、性別役割分担意識そのものに組織全体で向き合うことが、根本的な解決への第一歩となります。
セクハラ・パワハラとの明確な違い
ジェンダーハラスメントは、セクシュアルハラスメント(セクハラ)やパワーハラスメント(パワハラ)と混同されやすい傾向にあります。しかし、それぞれの本質を理解することは、適切な対策を講じる上で不可欠だと言えます。
セクシュアルハラスメントは、「性的な言葉や行為、または性的な意図を持つ言動」によって相手に不快感を与えたり、不利益を与えたりする行為を指します 。厚生労働省の定義では、解雇や降格などの不利益を伴う「対価型セクシュアルハラスメント」と、就業環境を悪化させる「環境型セクシュアルハラスメント」があります 。セクハラは多くの場合、女性が被害者となりますが、ジェンダーハラスメントは性的意図がない点や、男性が被害者となる可能性が高い点に明確な違いがあるでしょう 。
一方、パワーハラスメントは、職場における優越的な関係を背景に、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動によって、就業環境を害する行為を指します 。パワハラは性別に関わらず起こりますが、ジェンダーハラスメントは「性別による固定観念」が言動の根拠となっている点が明確に異なります。このように、ジェンダーハラスメントは、性的な要素や力関係の優位性だけでなく、性別という根本的なアイデンティティに関する固定観念が問題の核心にあるという点で、他のハラスメントとは区別されるべきなのです。
ジェンダーハラスメントの具体的な事例と法的リスク
ジェンダーハラスメントは、特別な場所で起こるものではなく、日々の業務や何気ない会話の中に潜んでいる可能性が高いものです。ここでは、職場で実際に起こりうる具体的な事例を挙げ、それが企業にどのような法的リスクをもたらすかを解説します。
日常に潜むジェンダーハラスメント事例
ジェンダーハラスメントは、性別を理由とした不当な扱いや差別的な言動として現れます。以下のような言動は、ハラスメントに該当する可能性が高いでしょう。
性差別的な言動: 「男のくせに頼りがいがない」と男性に特定の役割を要求したり、「女性なのに管理職だなんてすごいね」と女性のキャリアを特別視する発言は、ジェンダーハラスメントに該当します 。
仕事配分や役割の押し付け: 「力仕事はすべて男がやれ」と重労働を強いたり、「社内の雑用は女性だからという理由で押し付ける」といった、性別を理由に業務や役割を一方的に決めつける行為もハラスメントです 。
キャリアや昇進に関する差別: 「女性は出産や育児ですぐ休職するから昇進できない」といった、性別を理由にキャリア形成の機会を制限する発言は、従業員のモチベーションを著しく低下させるでしょう 。
性の多様性(LGBTQ+)に関するハラスメント: 性的指向や性自認に対し、「男/女のくせに気持ち悪い」といった侮辱的な発言をしたり、身体的性別と異なる性自認を持つ社員に対し、服装規定などを理由に不当な扱いをすることは、個人の尊厳を深く傷つける行為です 。
これらの事例は、ハラスメントが単に「不適切な発言」という表面的な問題に留まらず、個人の能力やキャリア形成の機会を奪う「見えない差別」であることを示しています。このような行為は、組織の活力を削ぎ、能力のある人材の成長を阻害する、より深い構造的な問題につながります。
ジェンダーハラスメントの起きた企業の法的責任
ジェンダーハラスメントを放置すると、企業は法的責任を問われるリスクに直面します。労働契約法第5条により、企業には従業員の安全に配慮する義務があり、ハラスメントを放置することは、この安全配慮義務に違反すると見なされ、被害者から損害賠償を請求される可能性があります 。
過去の判例から、性別を理由とした不当な扱いは、法廷で違法と判断されていることが分かります。例えば、秋田地裁(昭50.4.10)や東京地裁(平15.1.29)の判決では、男女間の賃金格差に合理的理由がないとして、企業に不法行為責任が認められました 。
また、巴機械サービス事件では、女性社員の総合職への転換希望に対し、会社が具体的な対応をせず、「女性は総合職なし」と発言したことが問題となりました 。裁判所は、採用・配置自体は適法としたものの、総合職への転換機会を不当に制限した点は男女雇用機会均等法に違反する「間接差別」に当たると判断し、会社に慰謝料の支払いを命じています 。この判例は、意図せずとも結果的に性別による不公平な扱いが生じていれば、法的責任を問われる可能性があることを示唆しています。企業は、露骨な差別的言動だけでなく、既存の賃金制度や昇進制度に性別による無意識のバイアスが入り込んでいないか、徹底的に見直す必要があるでしょう。
ハラスメントが企業に与えるデメリットとリスク
ハラスメントは、個人に精神的・身体的苦痛を与えるだけでなく、企業全体に深刻なダメージを与えます。ここでは、表面的な問題だけでなく、企業が気づきにくい潜在的なリスクについて解説します。
離職率増加と生産性低下
ハラスメントは、従業員の心身の健康を損ない、就業意欲の低下や離職につながる大きな要因となります。パーソル総合研究所の簡易推計によると、2021年にハラスメントを理由に離職した人は年間約87万人に上ると言われています 。このうち、約7割にあたる57.3万人が、ハラスメントを理由に退職したことを会社に伝えていない「暗数化」という状態にあると指摘されています 。
一方で、厚生労働省の調査では、過去3年間のハラスメント相談件数が減少傾向にあると回答する企業が多く存在します 。この二つの事実は一見矛盾しているように見えますが、これはハラスメントが本当に減少しているのではなく、従業員が「相談しても意味がない」「相談することで不利益を被る」と感じて、声を上げなくなっているという深刻な現実を示している可能性が高いでしょう。このような状態が続けば、企業は潜在的な問題を把握できず、有能な人材がひっそりと離職していくリスクを抱え続けることになります。ハラスメントを見聞きした従業員は、そうでない場合に比べて翌年の就業継続率が低くなることも示唆されており、特に男性正社員の離職や精神状態の悪化に影響を及ぼすとの分析も存在します 。
失われる企業価値とブランドイメージ
現代において、ハラスメントは社外にも容易に拡散し、企業のブランドイメージを大きく損なうリスクがあります。SNSが広く普及している現在では、従業員による書き込みによって、ハラスメントの事実が簡単に拡散され、企業の評判は急速に低下してしまうでしょう 。求職者は、入社前にSNSなどで企業の評判をリサーチすることが増えているため、一度悪評が広まると、採用活動が困難になる可能性もあります 。
この流れは、ハラスメント発生という内部問題が、SNSへの不満投稿を経て、企業イメージの低下、そして優秀な人材の獲得難という経営上の生命線にまで影響を及ぼすことを示しています。このように、ハラスメント対策を怠ることは、単なる社内問題に留まらず、企業の持続的な成長を阻害する重要な経営課題であると捉えるべきでしょう。
ジェンダーハラスメントをなくすための対策
ジェンダーハラスメントを防止し、健全な職場環境を構築するためには、企業が体系的な措置を講じることが不可欠です。
経営トップが示す明確な方針と周知の徹底
ハラスメント対策は、経営層の強い意志から始まるべきです。労働施策総合推進法では、職場におけるハラスメント防止措置を講じることが事業主に義務付けられています 。事業主は、ハラスメントに関する方針を明確にし、その内容を従業員に周知・啓発しなければなりません 。これは単に文書を掲示するだけでなく、経営トップが「どのような組織を目指すのか」というメッセージを従業員に伝えることで、ハラスメント防止が組織全体の共通目標であるという意識を醸成するものです。このトップダウンでのコミットメントと、従業員一人ひとりの意識改革という両輪が、真に機能する対策の鍵となるでしょう。
効果的な研修と教育の実施
従業員一人ひとりの意識を変えるためには、具体的な行動変容を促す研修が不可欠です。どのような言動がジェンダーハラスメントに該当するのか、加害者側・被害者側双方のリスクや気持ちを詳細に伝える研修を実施することが大切です 。労働組合のガイドラインでも、ハラスメントは被害者だけでなく、周囲の従業員にも不快感を与え、就業環境全体を悪化させると指摘されています 。このため、全従業員が「自分ごと」として問題を捉え、当事者意識を持つような教育が求められるでしょう。
安心して相談できる窓口の整備
問題の早期発見と解決には、従業員が安心して声を上げられる体制の構築が必須です。大企業では2020年、中小企業では2022年からハラスメント相談窓口の設置が義務化されています 。しかし、前述の「暗数化」の課題を考えると、単に窓口を設置するだけでは不十分です。従業員が「相談しても無駄だ」「担当者が信用できない」「相談したら報復されるのではないか」といった心理的な壁を乗り越えられるような工夫が求められます。
相談窓口は、社内だけでなく、外部の専門家(産業医や弁護士など)に相談できる体制を整えることも効果的です 。また、相談者のプライバシー保護を厳守し、相談者が不利益な取り扱いを受けないことを徹底して周知する必要があります 。外部窓口の設置やプライバシー保護の徹底は、従業員との間に信頼を築き、隠れた問題を可視化するための戦略的な手段であると言えるでしょう。
ジェンダーハラスメント対策は「健康経営」と「女性活躍推進」の基盤
ジェンダーハラスメントへの取り組みは、単なるリスク回避やコンプライアンス遵守に留まるものではありません。それは、企業の持続的な成長を実現するための積極的な投資であると言えます。
ハラスメント対策は、従業員のウェルビーイング向上やストレス軽減に直結します 。すべての従業員が安心して働ける環境を整えることは、心身の健康を保つ上で不可欠であり、これこそが「健康経営」の真の姿です。ハラスメントが蔓延する職場では、従業員のパフォーマンスが低下し、健康リスクも高まります。したがって、ハラスメント対策を徹底することは、健全な健康経営を推進するための第一歩であり、不可欠な土台と言えるのです。
同様に、ジェンダーハラスメントをなくすことは、「女性活躍推進」を成功させる上でも欠かせない要素です。女性管理職比率が高まるにつれて、従業員のエンゲージメント向上、成長機会の増加、キャリア形成の促進が期待できるとの分析結果もあります 。しかし、ジェンダーハラスメントが蔓延する職場では、女性は能力を発揮する機会を制限されたり、萎縮したりするでしょう。ジェンダーギャップの解消は、職場を活性化させ、働きやすい環境づくりにつながるため 、ハラスメントをなくす取り組みは、女性が能力を最大限に発揮し、組織に貢献できる環境を創るための前提条件となります。
このように、ジェンダーハラスメント対策は、健康経営や女性活躍推進といった経営目標とは切り離せない、深く関連した基盤であると結論付けられます。これは、ハラスメント対策を「コスト」ではなく「未来への投資」として捉えるべき強力な理由となるでしょう。
まとめ
この記事では、ジェンダーハラスメントの本質から、具体的な事例、法的リスク、そして企業が取るべき対策までを詳細に解説しました。ジェンダーハラスメントは、性別による固定観念という無意識のバイアスが根底にあり、その放置は企業の離職率増加、ブランドイメージの低下、そして法的なリスクに直結します。
しかし、最も重要なのは、この問題への取り組みが、単なるリスク回避に留まらないということです。ジェンダーハラスメントをなくすことは、すべての従業員が安心して働き、能力を最大限に発揮できる、真に多様性のある職場を創り出すことにつながります。これは、従業員のウェルビーイングを向上させ、組織全体の生産性を高め、結果として企業の持続的な成長を実現する、強力な経営戦略であると言えるでしょう。