企業が準備すべきテレワークに必要なもの|健康経営と女性活躍を推進しよう
2025年 9月 16日

テレワークは、単に業務場所をオフィスから自宅に移すだけでなく、企業文化や組織のあり方そのものを見直す機会をもたらしているのです。
この新たな働き方を成功させるためには、単にパソコンやインターネット回線といった物品を揃えるだけでは不十分です。
情報セキュリティ、人事・労務管理、そして従業員の心身の健康といった、より本質的な課題に対応するための「仕組み」や「文化」を構築する必要があります。
この記事では、テレワークを戦略的に導入し、企業の競争力向上、ひいては健康経営や女性活躍推進を実現するために、企業が準備すべきことを網羅的に解説します。
テレワークに必要なIT環境
テレワーク導入の第一歩は、従業員がオフィスと変わらない生産性を保ちながら業務を遂行できるIT環境と物理的な作業スペースを整えることです。
最低限揃えるべきデバイスと機器
業務用のパソコンは、テレワークに必要不可欠なコアデバイスです。パソコンがなければ、業務の進行はもちろん、社内コミュニケーションや取引先とのやり取りにも支障が生じるでしょう 。また、パソコンに加えて、より快適な業務環境を構築するためには、外部モニター、Webカメラ、ヘッドセット、マウス、キーボードなども必要となる場合があります 。
特に、業務で個人所有のパソコン(BYOD:Bring Your Own Device)の利用を認めている企業も多いですが、これには注意が必要です。個人端末はウイルス対策ソフトの未導入やOSの最新アップデートを怠るなど、セキュリティリスクが高い傾向にあります 。企業が業務に適したスペックとセキュリティ対策を施したパソコンを貸与することは、情報漏洩を防ぐだけでなく、従業員が「仕事モード」にスムーズに移行できるという心理的な利点ももたらします。自宅というプライベートな空間で仕事をすることのストレスを軽減し、業務効率を高めるための重要な投資であると言えるでしょう。
安定したネットワークインフラ
在宅勤務では、安定した高速インターネット環境が必須となります。特に、メールの送受信だけでなく、Web会議や大容量ファイルのやり取りを行う場合、通信速度が不十分だと画面がフリーズするなどの弊害が起こり、業務効率の低下を招きます 。通信速度が不安定な環境は、従業員のストレスやフラストレーションを増大させる要因にもなりかねません 。
この課題を解決するために、従業員の自宅に光回線が引かれているかを確認し、必要に応じてモバイルWi-Fiルーターを貸与するなどの支援を検討すべきです 。安定したネットワーク環境への投資は、単なるITコストではなく、従業員の生産性を維持し、無用なストレスを軽減するための「健康投資」であると捉えることが可能です。これにより、健康経営の観点からもテレワーク導入の費用対効果を説明する説得力のある根拠が得られるでしょう。
テレワーク費用負担と手当のルール
テレワークを導入する上で、従業員が負担する通信費や光熱費などのコストをどう扱うかは、公平性と透明性を保つ上で重要な問題です。これらの費用負担を明確にしないままにすると、従業員は不公平感を抱き、企業への不信感を募らせる可能性があります 。
国税庁のガイドラインでは、在宅勤務に通常必要な費用を精算する方法で支給する場合、従業員への課税は必要ないとされています 。特に、水道光熱費のように実費精算が難しい費用については、業務に要した分を合理的に計算し、手当として支給することが望ましいとされています 。実際の相場は、月額1,000円から5,000円程度が一般的で、テレワークと出社を組み合わせたハイブリッド勤務の場合は、日額100円から150円程度が相場とされます 。
通勤手当の支給方法を変更するケースなど、通常勤務と異なる事項が発生する場合は、就業規則(賃金規程)の変更と所轄労働基準監督署への届け出が必要となります 。この費用負担のルールを明確に定め、従業員に周知徹底することは、テレワークを円滑に進めるための心理的な土台を築くことに他なりません。
テレワークに必要な情報セキュリティ
テレワーク環境は、オフィスの監視の目が行き届きにくく、情報漏洩のリスクが高まるという大きな課題を抱えています。
ここでは、具体的な事例からその脅威を認識し、技術とルールの両面からリスクを管理する体制を解説します。
テレワーク環境で発生する情報漏洩
テレワークにおける情報漏洩リスクには、ノートパソコンの紛失・盗難、悪質なWebサイトからのマルウェア感染、フィッシングメールによる不正アクセスなどがあります 。これらのリスクは単なる可能性ではなく、実際に重大なインシデントに発展した事例も多数存在します。
たとえば、コンビニ店舗を経営する企業の社員が、帰宅途中にノートパソコンを盗難され、複数のコンビニ従業員の個人情報が流出する事態が発生しました 。また、兵庫県尼崎市では、業務委託先の社員が約46万人分の市民情報を記録したUSBメモリを紛失するという、最大級の情報漏洩事件が全国的に報道されました 。さらに、宅配業者を装った偽メールに騙され、業務用スマートフォンから個人情報が流出した出版社の事例もあります 。
これらの事例は、高度なサイバー攻撃だけでなく、従業員一人ひとりの不注意や、会社が定めたルールの不徹底が情報漏洩の根本的な原因であることを示唆しています。システム管理者の目の届かない場所で業務が行われるテレワークでは、従業員自身のセキュリティに対する「自覚」と「責任感」が不可欠です。
技術的・制度的セキュリティ対策
情報漏洩のリスクを最小限に抑えるためには、技術的な対策と運用ルールの策定を両立させる必要があります。技術面では、万が一PCやUSBメモリが紛失・盗難されても情報が漏洩しないようにデータを暗号化しておくことが重要です 。また、ウイルス対策ソフトの導入はもちろん、不正なデータコピーを防ぐためのデバイス制御も有効な手段です 。
さらに、公衆Wi-Fiの利用を制限し、決められたプライベートネットワークへの接続を義務付けるなど、安全な通信回線を確保することも不可欠です 。
一方で、これらの技術的対策を最大限に活かすには、従業員の行動規範を定めた制度的対策が欠かせません。具体的には、紙の資料やUSBメモリの持ち出しルールの策定、休憩中のPCの取り扱い、許可されていないソフトウェアのインストール制限などを明確に定めたセキュリティガイドラインを作成し、従業員への教育を徹底する必要があります 。セキュリティ対策は一度導入すれば終わりではなく、脅威の変化に応じてPDCAサイクルを回し、常に最新の状態にアップデートしていく継続的な取り組みであると言えるでしょう.
リモートアクセス方式の選び方
テレワーク環境での安全なネットワーク接続を実現するリモートアクセス方式には、主に「VPN」と「VDI」の二つがあります。
まず、VPN(Virtual Private Network)は、インターネット上に仮想的な専用回線を構築して通信を暗号化する仕組みです 。既存のルーターやデバイスを流用できるため、比較的安価かつ短期間で導入できる利点があります 。手元のパソコンにデータを読み込む必要があるものの、保護された通信であるため情報漏洩のリスクを抑えられます 。
一方、VDI(Virtual Desktop Infrastructure)は、オフィスに設置されたサーバー上で仮想デスクトップを稼働させ、手元の端末には画面情報のみを転送する方式です 。作業データはすべてサーバー側に保存されるため、端末からの情報漏洩リスクを極めて低く抑えることができます 。しかし、システムの新規構築が必要となるため、導入コストがVPN方式よりも高額になる傾向があります 。
多くの企業にとっては、コストとセキュリティのバランスを考慮して、VPNが現実的な選択肢となるでしょう。しかし、極めて高い機密性を要するデータを扱う企業や、潤沢なIT予算を確保できる企業では、VDIの採用がより適していると言えます 。企業のテレワークにおけるIT投資は、単に新しい技術を導入することではなく、自社の事業内容や保有する情報の機密性などを総合的に評価し、最適なバランスを見極めることが重要です。
テレワークに必要な人事・労務管理体制
テレワークでは、従業員の働きぶりを直接「目視」することができないため、勤怠管理や人事評価といった労務管理上の課題が生じやすくなります。これらの課題を解決するための仕組みづくりは、従業員のエンゲージメントを保ち、生産性を高めるために不可欠です。
勤怠管理の課題とシステムの活用
在宅勤務では、管理者が従業員の出退勤や勤務実態を正確に把握するのが難しくなります 。特に、家事や育児、通院などで一時的に業務から離れる「中抜け」の取り扱いが、多くの企業で課題となっています 。
こうした課題を解決するには、勤怠管理システムの導入が非常に有効です 。インターネット経由で打刻できるシステムを導入すれば、従業員は場所を問わずに正確な労働時間を記録できます。また、PCのログイン・ログオフ時間を記録する機能を持つシステムを活用することで、勤務実態の可視化も可能です 。
勤怠管理システムの導入は、単に労働時間を正確に把握するだけでなく、長時間労働の是正にもつながります 。従業員自身が自分の働き方を客観的に把握できるようになることで、ワークライフバランスの向上にも貢献するでしょう 。中抜けへの対応としては、就業規則で終業時刻の繰り下げや時間単位の有給休暇取得を認めるなど、柔軟なルールを定めておくことが望まれます 。
公平な評価を保つ人事評価制度
テレワーク下では、従業員の働く姿勢やプロセスが見えにくくなるため、成果のみに偏った人事評価になりがちです 。このことは、従業員に過度なプレッシャーを与えたり、評価への不満や不信感を引き起こしたりする可能性があります 。
この課題を解決するためには、評価の基準をより明確にする必要があります。例えば、目標管理制度(MBO)を導入し、数値で測れる定量的な目標と、業務プロセスに関する定性的な目標の両方を設定することが有効です 。これにより、従業員は自身の努力や創意工夫が評価されていると感じられるようになります。
また、成果主義に完全に振り切ることは、従業員間のコミュニケーションを希薄化させ、チームワークを損なうリスクがあります 。評価の公平性を確保するためには、定期的な1on1ミーティングなどを通じて、従業員と積極的にコミュニケーションを取り、目標達成状況だけでなく、業務における課題や努力についても対話することが不可欠です 。
労働条件と就業規則の見直し
テレワーク導入にあたり、就業規則の変更は必ずしも必須ではありませんが、通常勤務と異なる労働条件(通勤手当の変更や通信費負担など)が発生する場合は、就業規則の変更が必要となります 。
この就業規則の見直しを、企業が新しい働き方へのコミットメントを従業員に明確に示す機会として捉えるべきでしょう。テレワークは、フレックスタイム制やみなし労働時間制といった柔軟な労働時間制度と相性が良いとされています 。これらの制度を導入することは、従業員一人ひとりのライフスタイルに合わせた働き方を可能にし、育児や介護と仕事の両立を支援する上で非常に重要な役割を果たします。特に、子育て中の女性がキャリアを継続できる環境を整えることは、女性活躍推進にも大きく貢献するでしょう 。
健康経営と女性活躍推進につながるテレワーク施策
テレワークの成功は、単に業務効率の向上に留まりません。従業員が心身ともに健康で、活き活きと働ける環境をいかに作り出すかが、企業の持続的な成長を左右します。このセクションでは、健康経営と女性活躍推進に直接つながる、ソフト面での準備について解説します。
孤独感を解消し、心身の健康を保つための工夫
在宅勤務では、仕事とプライベートの境界線が曖昧になり、オンとオフの切り替えが難しくなるという課題があります 。これにより、孤独感やストレスを感じやすくなり、心身の不調につながるリスクが生じます 。
この課題を解決するには、従業員が自律的に健康管理を行う「セルフマネジメント」の文化を醸成することが重要です。例えば、厚生労働省が公表する「テレワークを行う労働者の安全衛生を確保するためのチェックリスト」を活用し、自宅の作業環境を定期的に見直すよう促すことが有効です 。また、始業・終業時間を明確に決め、仕事とプライベートを物理的に分けるといった、自分なりのルール作りを推奨することも効果的です 。
企業側も、相談窓口の設置や、定期的なストレスチェックの実施など、従業員がいつでも安心して相談できる体制を構築する必要があります 。これらの取り組みは、従業員のメンタルヘルスを経営リスクとして捉え、未然に防ぐ「健康経営」の一環であると言えるでしょう。
コミュニケーションを活性化するチームビルディング施策
テレワークでは、オフィスで自然発生的に生まれる雑談や情報交換が減り、チーム内の連携や心理的安全性が損なわれやすくなります 。このような状況を放置すると、業務の停滞やノウハウの蓄積不足、さらには離職率の増加につながる可能性があります 。
円滑なコミュニケーションを維持するためには、ビジネスチャットやWeb会議システムを導入するだけでなく、意図的にコミュニケーションの場を設けることが重要です 。具体的には、週に一度の1on1ミーティングを定期的に実施し、上司と部下が業務の進捗だけでなく、キャリアや健康状態についてもフランクに話せる場を設けることが有効です 。
また、業務とは関係のない雑談専用のチャネルを設けたり、オンラインランチ会やオンライン飲み会などを企画したりすることも、メンバー間の信頼関係やチームの一体感を高める上で効果的です 。コミュニケーションは単なる業務連絡ではなく、チームビルディングそのものです。メンバーが安心して意見を交換できる環境は、結果として生産性向上にも直結するでしょう.
柔軟な働き方を体現する企業の事例
テレワークは、多様な人材の確保と定着に大きく貢献します。長野県上田市にある株式会社はたらクリエイトは、従業員の約90%が女性、その80%が小学生以下の子どもを育てながら働く女性という企業です.同社は、急な子どもの体調不良にも対応できるフレックスタイム制や在宅勤務を積極的に取り入れることで、子育て中の女性がキャリアを諦めずに働き続けられる環境を実現しています 。
この事例が示すように、柔軟な働き方は、これまで地理的な制約やライフステージの変化によってキャリアを断念せざるを得なかった潜在的な労働力に門戸を開く効果があります 。これは、企業が特定の層に特化した人材戦略としてテレワークを活用し、地方での人材不足解決にも貢献している好例であり、企業の社会的責任(CSR)とビジネス上の競争優位性が両立する「戦略的健康経営」の成功事例と言えるでしょう。
テレワーク導入コストの軽減策
テレワーク導入を躊躇する要因の一つに、システムの構築やデバイスの購入にかかる費用が挙げられます。しかし、国や地方自治体は、企業のテレワーク導入を後押しするための様々な助成金や補助金制度を設けています。これらの制度を積極的に活用することで、初期費用を大幅に軽減し、計画的な導入が可能になります。
国や自治体のテレワーク助成金・補助金
厚生労働省は、テレワークを新規導入する中小企業事業主を対象に、「人材確保等支援助成金(テレワークコース)」を提供しています 。この助成金は、テレワーク用通信機器の購入や、就業規則の変更にかかった費用の一部を助成するものです 。
また、経済産業省が提供する「IT導入補助金」も活用できます。これは、業務効率化やDX(デジタルトランスフォーメーション)に向けたITツール(ソフトウェア、サービス等)の導入経費の一部を補助する制度です 。さらに、東京都など多くの地方自治体も独自の支援制度を設けており、例えば「テレワークトータルサポート助成金」は、テレワーク相談窓口を利用した都内の中堅・中小企業に対し、テレワーク機器導入経費などを助成しています 。
これらの制度は、単にコストを補填するだけでなく、政府がテレワークを労働生産性向上や人材確保のための重要な手段として位置づけていることの証左です。助成金を活用することで、企業は単なるツール導入に留まらず、コンサルティングや研修を含む包括的なテレワーク体制を構築するための計画的な取り組みが可能になるでしょう.
まとめ
本レポートでは、企業がテレワーク導入を成功させるために準備すべきことが、単なるIT機器やシステムに留まらないことを解説しました。重要なのは、情報セキュリティ、人事・労務管理、そして従業員の健康やコミュニケーションといった、多角的な側面から「総合的なマネジメント」を確立することです。
テレワークを戦略的に活用することは、労働生産性の向上、採用力の強化、そして離職率の低下に貢献します 。特に、働く場所や時間に捉われない柔軟な働き方は、育児や介護と仕事を両立したいと考える層に門戸を開き、多様な人材の確保と定着を可能にします。
これらの課題は、包括的な支援によって解決できるものです。企業の持続的な成長と、従業員一人ひとりの豊かなキャリア形成のために、今こそテレワークに必要な「仕組み」と「文化」を構築する一歩を踏み出す時ではないでしょうか。