テレワークでも労災は認められる? 判断基準と企業が取るべき対策

2025年 9月 16日

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テレワーク中の災害であっても、要件を満たせば労災として認められます 。

この記事では、労災認定の判断基準から、リスクを未然に防ぐための事前対策、そして万一の際の対応までを解説します。

この情報が、従業員の安全と健康を守り、企業の健康経営を推進するための指針となれば幸いです。

テレワークでも労災が認められる要件

テレワークは、労働者が自宅やサテライトオフィスなど、事業場所以外で勤務する働き方です。この場合も、労働契約に基づいて労働を提供していることに変わりはありません。

したがって、テレワーク中に業務を原因として生じたケガや病気、死亡は、通常のオフィス勤務と同様に労災保険給付の対象となり得ます 。

ただし、労災と認定されるには、以下の2つの重要な要件を満たす必要があります。これらの要件は、労働災害認定の根幹をなすものであり、テレワークにおいてはその判断がより慎重に行われます。

労働災害認定の根幹となる「業務遂行性」と「業務起因性」

労働災害は、業務上の災害(業務災害)と通勤中の災害(通勤災害)の2つに大別されます。テレワーク中の災害は、原則として業務災害に該当します 。業務災害と認められるためには、「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの要件が揃うことが不可欠です 。

業務遂行性(事業主の指揮命令下にある状態)

業務遂行性とは、労働者が労働契約に基づいて事業主の支配下および管理下にある状態を指します 。オフィス勤務の場合、労働者は物理的に事業主の管理下にあるため、就業時間内であれば原則としてこの要件が満たされていると見なされます。

一方で、テレワークにおいては、労働者は物理的な監視下にはありません。このため、業務遂行性の有無は、時間と行動という二つの側面から判断されます。労働契約に基づく勤務時間中に業務に従事している状態であれば、たとえ事業場所以外にいても、原則として事業主の指揮命令下にあると評価され、業務遂行性が認められるでしょう 。しかし、業務とプライベートの境界線が曖昧になりがちなテレワークでは、物理的な場所の確認が困難なため、業務時間や業務内容に関する客観的な記録が、この要件を証明する上で極めて重要な意味を持ちます。

業務起因性(業務との因果関係)

業務起因性とは、ケガや病気が業務に起因して発生したことを意味します 。具体的には、災害が業務を行う上での危険が現実化したものとして、社会通念に照らして通常想定される範囲内であると客観的に認められる必要があります 。単に「その作業をしていなければ負傷しなかった」という条件的な因果関係だけでなく、その業務に内在する危険性と災害との間に、合理的な関連性が求められるのです。

この判断は、個別の具体的な状況に応じて行われます。テレワークという特殊な環境下では、業務と私的行為が混在しやすいため、災害が業務に起因するものであることを明確に証明することが、労災認定の鍵を握るのです 。

テレワーク中の労災が認められるケース・認められにくいケース

抽象的な要件だけでは、テレワーク中の災害が労災として認められるかどうかを判断するのは難しいかもしれません。

ここでは、実際に労災が認定されたり、その可能性が高いと判断されたりするケース、そして逆に認められにくいとされているケースを具体的に見ていきましょう。

労災と認定される可能性が高いケース

以下に挙げるのは、業務遂行性と業務起因性の両方が認められやすく、労災認定の可能性が高いと考えられるケースです。

業務中の転倒・負傷

業務時間中に椅子から転倒して負傷するケースは、業務遂行性と業務起因性が認められる典型例です 。また、業務中にトイレに行く、水を飲む、あるいはコーヒーを淹れるといった生理的行為は、業務に付随する不可欠な行為と見なされます 。そのため、こうした行為の最中やその前後に、作業場所との往復で転倒して負傷したような場合も、労災と認定される可能性が高いといえます 。

仕事道具による怪我

業務上の機密書類をシュレッダーにかける作業中に指を切った場合 や、業務に必要な資料を整理中にぎっくり腰になった場合などは、業務に直接関連する行為中の事故として、業務遂行性・起因性が認められやすい事例です 。

精神疾患・過労死

テレワークへの移行によって業務量が増加し、長時間労働が常態化した結果、適応障害やうつ病などの精神疾患を発症したケースも、労災と認定される可能性があります 。厚生労働省が定める認定基準では、「発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷」が認められることが要件とされています 。実際に、新型コロナウイルスの感染拡大後、テレワークによる長時間労働が原因で適応障害を発症した労働者が、労災認定を受けた事例も報告されています 。

出張中の災害

在宅勤務者であっても、会社の命令で出張に出向くことがあります 。出張中は事業主の指揮命令下にあると認められるため、積極的な私的行為を除けば、食事や宿泊といった出張に伴う行為中の災害も業務遂行性が認められるのが一般的です。例えば、出張先のホテル内で転倒し負傷したような場合も、労災と認定される可能性があるでしょう 。

労災と認められにくい、または対象外となるケース

一方で、以下のようなケースは、業務との関連性が認められにくいため、労災認定が困難であると判断されるでしょう。

私的行為による災害

業務時間中であっても、業務とは明らかに無関係な私的行為による災害は、業務遂行性が認められず、労災の対象外となります 。例えば、業務中に家事や育児をしていて負傷した場合などがこれに当たります。また、業務中に子どもが投げたおもちゃが当たって負傷した場合は、業務遂行性が認められる一方、業務起因性の判断が個別の状況に委ねられるため、注意が必要です 。

休憩時間中の事故

オフィス勤務と同様、テレワーク中の休憩時間は、事業主の管理下から外れると判断されます 。したがって、昼食を買いに出かけた際の交通事故や、休憩中に発生した災害は、原則として労災の対象外となるケースがほとんどです 。

就業場所や業務範囲からの逸脱

会社が就業規則で勤務場所を「自宅のみ」と定めているにもかかわらず、許可なくカフェやコワーキングスペースで作業中に負傷した場合、指揮命令下にあったことの証明が難しくなるため、労災認定が困難になる可能性があります 。労災認定は、会社の就業規則や指示、そして事故の詳細な状況によって判断されるため、あらかじめ決められたルールからの逸脱は、労災認定の妨げとなり得るのです。

多くの事例は、業務とプライベートの境界線がどこにあるかという一点に集約されます。テレワークではこの境界線が曖昧になりがちですが、企業が就業場所や業務内容、休憩時間に関するルールを明確に定め、従業員もそのルールを遵守することで、労災リスクを低減できることがわかります。

テレワーク労災を防ぐための事前対策

労災は、発生後の対応も重要ですが、何よりも未然に防ぐことが最も肝心です。労働契約法では、企業に「安全配慮義務」が課せられており、従業員が安全で健康に働けるよう配慮する責任があります。テレワーク環境下では、この安全配慮義務を果たすための対策が、企業の人事・労務管理における喫緊の課題となっています。

テレワークにおける労働時間・業務の適切な管理

物理的な監視が難しいテレワークでは、従業員の労働時間や業務内容を適切に管理し、過重労働やそれに伴う健康障害を防ぐことが企業の重要な責務です 。

客観的な勤怠管理の徹底

長時間労働は、過労死や精神疾患の原因となり、労災認定につながるリスクがあります 。労働時間を正確に把握するためには、労働者からの自己申告だけでなく、PCの稼働ログや勤怠管理システムなどの客観的な記録を用いることが、厚生労働省のガイドラインでも推奨されています 。これにより、「隠れ長時間労働」を未然に防ぎ、従業員の健康を守ることができるでしょう。

勤怠管理ツールの活用

テレワークでは、始業・終業の連絡をメールや電話で行うなど、管理側の負担が大きくなりがちです 。勤怠管理システムや労務管理システムを導入することで、従業員は場所を問わず打刻でき、管理者は各従業員の勤怠状況をリアルタイムで確認することが可能になります 。これらのツールは、労働時間の適正な把握だけでなく、給与計算との連携や労働法改正へのスムーズな対応も実現します 。

従業員の心身の健康を守るメンタルヘルスケア

テレワークでは、オフィス勤務に比べて従業員が孤立感を抱えやすく、コミュニケーション不足によるメンタル不調が増加する傾向にあります 。こうしたリスクを軽減するため、企業は積極的にメンタルヘルス対策を講じる必要があります。

多角的なメンタルヘルスケアの実施

メンタルヘルスケアは、「セルフケア」「ラインケア」「事業内産業保健スタッフによるケア」「事業場外資源によるケア」の4つの側面から総合的に考えることが重要です 。例えば、産業医や保健師にチャットやオンラインで相談できる窓口を設けたり、ストレスチェックの結果を組織全体の課題分析に活用したりすることで、従業員が抱える心の不調を早期に発見し、適切な対応を講じることが可能になります 。

健康管理システムの導入

クラウド型の健康管理システムを導入することで、健康診断データやストレスチェックの結果など、従業員の健康情報を一元管理できます。これにより、個々の健康課題だけでなく、組織全体の健康リスクを可視化できるようになり、人事担当者や管理職が従業員の不調に早期に気づき、早めのフォローを実施しやすくなるでしょう 。

就業規則の整備と従業員への周知徹底

テレワーク環境下で労災リスクを低減するためには、就業規則を現実の働き方に合わせて整備し、従業員に周知することが不可欠です 。

就業場所の明示

テレワークを行う就業場所について、就業規則で明確に定めておくことが望ましいでしょう。自宅やサテライトオフィスなど、許可された場所を明示することで、業務遂行性の判断をよりスムーズに行うことができます 。

報告義務の明確化

万一の労災発生時に備え、事故報告のルールをあらかじめ明確にしておくことも重要です 。どのような場合に、誰に、どのような方法で報告すべきかを定めて従業員に周知しておくことで、万一の際の申請手続きが円滑に進むだけでなく、事故状況の詳細な記録を促すことにも繋がります 。

これらの対策を講じることは、単に労災リスクや法的責任を回避するためだけではありません。従業員が安心して働ける環境を整備することは、エンゲージメントの向上、生産性の改善、そして優秀な人材の離職防止に繋がるのです 。特に、育児や介護と両立する従業員にとって、安全なテレワーク環境は貴重な選択肢であり、これは企業の健康経営や女性活躍推進の具体的な取り組みとして、企業価値を高める重要な要素となるでしょう。

労災が発生してしまった場合の対応方法

事前の対策を講じていても、災害が起こる可能性はゼロではありません。万一、テレワーク中の労災が発生してしまった場合、企業と従業員が迅速かつ適切に対応することが、その後の手続きをスムーズに進める上で不可欠です。

被災した従業員が行うべきこと

速やかな会社への報告

災害が発生したら、まずは速やかに会社の人事・労務担当者または上司に報告しましょう 。この際、事故が発生した日時、場所、具体的な状況などをできる限り詳しく、かつチャットやメールなど記録に残る形で伝えることが大切です 。

医療機関の受診

ケガや病気の場合、速やかに医療機関を受診してください 。労災指定病院であれば、労災保険で治療費が直接支払われるため、窓口での自己負担は発生しません。一方、労災指定病院以外を受診した場合でも、一時的に全額自己負担となりますが、労災申請後に治療費が全額返金されます 。

証拠の記録・保存

労災申請の際に重要となるのが、事故が業務中に発生したことを証明する証拠です。事故の状況を詳細に記録するほか、事故発生時のPCの稼働状況や、業務内容に関するチャットのやり取りなども保存しておくと、労災認定の判断を助ける有力な証拠となるでしょう 。

企業が迅速かつ適切に対応するために必要なこと

事実確認と証拠収集

従業員から労災の報告を受けたら、まずは速やかに事故の状況を確認し、事実を正確に把握することが求められます。その後、従業員のパソコンの稼働ログや、業務に関するチャット・メールのやり取りなど、客観的な情報を収集・保存しましょう 。

労働基準監督署への申請手続き

労災申請は、会社と従業員が協力して進める必要があります。被災した従業員が記入する労災申請書、医師が記入する診断書、そして企業が記入する事故報告書などをまとめて、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署に提出します 。労災申請は迅速に行うことが重要です。

従業員への協力要請

労働基準監督署が労災認定のために行う調査(ヒアリングなど)には、従業員と企業双方の協力が不可欠です 。会社側から従業員に対し、調査への協力を呼びかけることで、認定手続きがスムーズに進むよう努めましょう。

健康経営・女性活躍推進に不可欠なテレワーク労災対策

テレワークは、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を可能にし、育児や介護と仕事の両立を支援することで、優秀な人材の確保や離職防止に貢献します 。これは、企業の働き方改革や女性活躍推進を力強く後押しする「攻め」の施策といえます。

しかし、そのメリットを最大限に享受するためには、今回解説したような労災リスク管理という「守り」の基盤が不可欠です。労働時間の管理、メンタルヘルスケア、就業規則の整備といった対策は、単なるコンプライアンス遵守に留まらず、従業員が安心して働ける環境を構築するための戦略的な投資なのです。従業員の心身の健康が守られ、エンゲージメントが高まることで、生産性の向上や企業全体の成長に繋がる好循環が生まれるでしょう。

まとめ

テレワークは、もはや一時的な働き方ではなく、多くの企業にとって不可欠な選択肢となっています。それに伴い、労災認定の判断基準を理解し、適切な事前対策を講じることは、人事・労務担当者にとって避けて通れない課題となりました。

本記事で解説したように、テレワーク中の労災認定は、オフィス勤務と同様に「業務遂行性」と「業務起因性」という2つの要件に基づいています。しかし、業務とプライベートの境界線が曖昧な環境下では、客観的な証拠の収集や、就業規則による明確なルール設定が何よりも重要となります。

テレワーク時代の複雑な労務管理には、法律やガイドラインに基づいた専門家の知見が不可欠です。同時に、勤怠管理システムや健康管理システムといったテクノロジーの力を借りることで、従業員の安全と健康を効率的に守り、安心して働ける環境を盤石に構築できるでしょう。企業の持続的な成長を支える健康経営の実現に向けて、この機会に改めて自社の労務管理体制を見直すことを強く推奨いたします。