妊活ハラスメントとは?企業が今すぐ取り組むべき背景と対策

2025年 9月 22日

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近年、企業の健康経営や女性活躍推進の重要性が高まる中、妊活や不妊治療に励む従業員への配慮は、単なる福利厚生の範疇を超え、喫緊の経営課題となりつつあります。

しかし、職場における理解不足や、心ない言動によって従業員が深く傷つけられ、結果的に離職へと追い込まれるケースが少なくありません。

この記事では、「妊活ハラスメント」の正確な定義から、当事者が直面する深刻な現実、そして企業が負うべき法的責任までを専門的な視点から解説します。また、この問題を未然に防ぎ、従業員が安心して働き続けられる環境を構築するための具体的な支援策を網羅的に提案します。

妊活ハラスメントの定義と職場での実態

妊活ハラスメントは、その法的・社会的な位置づけを正しく理解し、マタニティハラスメントなどとの違いを明確にすることが重要です。このセクションでは、その定義と、現代の職場で実際に起きている深刻な実態について詳しく解説します。

妊活ハラスメントとは?

妊活ハラスメントは、妊娠する前の人、特に妊活(妊娠するための活動や努力)や不妊治療、不育治療を行っている人に対する嫌がらせや、妊娠を妨げようとする行為を指します。その言動に意識的な悪意があるかどうかを問わず、相手に不快感や不利益を与え、尊厳を傷つけるものはすべてこのハラスメントに該当します。

このハラスメントが社会的認知を広げた背景には、不妊に悩む人が増加したことが挙げられるでしょう。これまで具体的な法的保護が十分に整備されていませんでしたが、2020年6月に施行された通称「パワハラ防止法」(労働施策総合推進法)によって、企業は不妊治療に対するハラスメントの防止に向けた措置を講じることが義務付けられました。これにより、妊活ハラスメントは単なるモラル上の問題ではなく、企業が法的責任を問われる対象として明確に位置づけられたのです。

妊活ハラスメントとマタハラとの違い

妊活ハラスメントと混同されやすいハラスメントには、マタニティハラスメント(マタハラ)やパタニティハラスメント(パタハラ)があります。これらは、ハラスメントの対象となるタイミングや背景が異なります。

マタニティハラスメント(マタハラ): 妊娠・出産・育児を理由とした女性への嫌がらせや不利益な扱いを指します。具体的には、妊娠を理由とした解雇、降格、退職勧奨などが含まれます。これは主に男女雇用機会均等法で規制されています。

パタニティハラスメント(パタハラ): 男性が育児参加のために育児休業取得や短時間勤務制度を利用することに対し、妨害や嫌がらせをする行為です。

妊活ハラスメント: これらとは異なり、「妊娠前」の段階で起きるハラスメントである点が最大の特徴です。このハラスメントがパワハラ防止法の対象となったことは、マタハラやパタハラが特定の制度利用を背景にしているのに対し、不妊治療というデリケートな事柄に対する広範な人間関係上の嫌がらせとして捉えられていることを示唆しています。

「5人に1人が経験」する妊活ハラスメントの実態

妊活ハラスメントは、多くの人が想像する以上に頻繁に発生しているのが実情です。厚生労働省が公表した「令和5年 職場のハラスメントに関する実態調査」によると、過去5年間で妊活ハラスメント(プレ・マタハラ)を経験した人の割合は17.9%にものぼります。これは、職場で働く約5人に1人がこのハラスメントを経験しているという、極めて憂慮すべき数値です。

実際に発生する妊活ハラスメントは、大きく二つに分類できます。一つは、不妊治療を理由とした「不利益な扱い」です。具体的には、解雇、降格、減給、そして雑務ばかりを押し付けられるといった就業環境の悪化などが含まれます。もう一つは、当事者に精神的な苦痛を与える「心ない言動」です。不妊治療への無理解から、以下のような言動が頻繁に発生していることが報告されています。

「子どもはまだか?」「そろそろ一人ぐらい作ったらどうだ」といったプライベートな質問。

「こんな忙しい時期に妊娠するなんて信じられない」といった、一方的な非難や嫌味。

「妊婦はいつ休むか分からないから、仕事は任せられない」と重要な業務から外されること。

不妊治療による体調や体重の変化に対し、「太ったね」といった配慮に欠ける発言。

このような精神的な苦痛を伴う言動は、不利益な扱いと異なり、法的な措置が取りにくい場合があるため、当事者が一人で深く傷つき、孤立しやすいという構造的な問題を生み出しています。また、このハラスメント経験率の高さに対し、不妊治療に関する支援制度を設けていない企業が73.5%にも達しているという事実は、多くの企業が問題の深刻さに気づいておらず、人材流出というリスクを看過している状況を物語っていると言えるでしょう。

なぜ妊活ハラスメントは起きるのか?その原因とは?

妊活ハラスメントの根本的な原因は、当事者と周囲の間に横たわる「認識のズレ」にあります。不妊治療に対する無理解は、悪意がなくとも、無意識のうちに相手を傷つける言動を生み出してしまう危険性をはらんでいます。

不妊治療がもたらす身体的・精神的負担

不妊治療は、単に病院に通うことだけではありません。当事者にとっては、想像をはるかに超える身体的・精神的な負担を伴う、見えない闘いなのです。

まず、身体的な負担は非常に大きいものです。不妊治療には頻繁な通院が求められることが多く、特にフルタイムで働く人にとっては大きな負担となります。また、治療の過程で体調やホルモンバランスが大きく変動するため、スケジュールを立ててその通りに進めることが困難な場合があります。採卵期には数日おきの通院が必要となったり、自己注射や採卵後の発熱・痛みといった身体的苦痛に耐えなければならなかったりもします。ある当事者の体験談では、「お腹と太ももは常にあざだらけで時には涙した」といった壮絶な苦労が語られています。

さらに深刻なのが、精神的な負担です。治療が長引くことによる将来への不安や焦り、急な休みや早退によって周囲に迷惑をかけているのではないかという罪悪感など、精神的な疲労は仕事との両立を著しく困難にしています。不妊治療はプライバシーに属する事柄であり、職場に相談できず一人でこの苦悩を抱え込む当事者は少なくありません。この精神的・肉体的負担の大きさが、不妊治療と仕事の両立を難しくさせ、結果として不妊治療経験者の26.1%が離職や雇用形態の変更、あるいは治療そのものを諦めているというデータに繋がっていると言えるでしょう。

無理解から生まれる「悪意なきハラスメント」の危険性

ハラスメントは、必ずしも悪意を持って行われるわけではありません。不妊治療に対する無理解や知識の不足から、よかれと思って発した言葉や行動が、当事者を深く傷つける「悪意なきハラスメント」となってしまうケースが多々あります。その典型例は、以下のような配慮に欠ける言動です。

「病院は休みの日に行くべきだ」と、平日の通院を認めない言動。

当事者の体調不良に対し、「妊娠は病気ではないのだから、甘えてはいけない」と説教する。

「迷惑だ」「図々しい」といった、直接的・間接的な嫌味。

また、当事者のプライベートな事柄に深く踏み込む言動もハラスメントに該当する可能性があります。当事者がプライベートな情報を伝えた場合でも、本人の意思に反して職場に広まってしまうことがないよう、プライバシー保護に最大限配慮することが不可欠です。

さらに、妊活は女性だけのものではありません。男性不妊の治療も含まれるため、妊活は男女双方の課題なのです。男性の場合、高温になる場所での労働が治療に影響したり、検査のために時差出勤が必要になったりするケースもあります。しかし、社会全体が「妊活=女性の問題」という固定観念にとらわれているため、男性が職場に悩みを相談しにくいという現状があるでしょう。こうした偏見は、真のダイバーシティ推進の妨げとなります。

妊活ハラスメントのリスク

妊活ハラスメントは、個人の問題に留まらず、企業経営に直結する法的リスクを伴います。企業は関連法令に基づく防止義務を負っており、これを怠った場合には、重大な責任を問われる可能性があります。

妊活ハラスメントを防止する企業の法的義務

企業は、以下の関連法規に基づき、ハラスメント防止のための措置を講じなければなりません。

労働施策総合推進法(パワハラ防止法):2020年6月より、不妊治療に対するハラスメント防止措置を講じることが、事業主に義務付けられました。

男女雇用機会均等法:妊娠や出産等を理由とした、解雇や降格、契約更新の拒否といった不利益な取り扱いを明確に禁止しています。

育児・介護休業法:育児休業等を理由とするハラスメントの防止措置を定めています。

これらの法律に基づき、企業にはハラスメントを未然に防ぐための体制づくりが求められています。具体的には、ハラスメントに関する方針を明確化し、従業員に周知・啓発すること、そして相談窓口の設置や適切な対応体制を整備することが義務付けられています。

こうした義務を怠り、ハラスメントが発生した場合、企業は以下のような法的責任を負う可能性があります。

使用者責任:従業員が業務の執行についてハラスメントを行った場合、企業は使用者として、被害者への損害賠償責任を負うことがあります。

安全配慮義務違反:企業が従業員に対して良好な就業環境を維持する義務(安全配慮義務)を怠った場合、企業自身が債務不履行責任や不法行為責任を問われる可能性があります。これは、加害者個人への厳正な対処だけでは不十分で、企業が体制づくりを怠った場合に、企業そのものの責任が問われることを意味しています。

裁判事例から学ぶ、企業が問われる責任の重さ

実際の裁判事例は、企業が負うリスクの重さを具体的に示しています。多くの場合、妊活ハラスメントは、妊娠・出産を理由とした不利益な取り扱いと近接した問題であり、同様の法的責任を問われる可能性が高いでしょう。

妊娠を理由とした降格が違法とされた事例:医療施設の女性従業員が妊娠を理由に降格させられた事例では、最高裁が「互いの同意や業務上の特殊な理由がない限り、妊娠を理由とした降格は原則禁止」との判断を示しました。これにより、医療機関は女性に慰謝料を含む約175万円の賠償金の支払いを命じられました。

妊娠を理由に無給休職を強要された事例:日本航空の客室乗務員が妊娠を機に地上勤務を希望したにもかかわらず、無給休職を強要された事例では、男女雇用機会均等法違反が争点となり、最終的に和解が成立しました。企業は未払い賃金を支払い、希望すれば原則として全員が地上勤務に就けるよう制度を改善することを約束しました。

育休後の不当な扱いが争点となった事例:育児休業を取得した女性従業員が、育休後に契約社員への変更や雇い止めにあった事例では、東京地裁が育児・介護休業法違反を認め、企業に慰謝料と未払い賃金の支払いを命じました。

これらの裁判事例は、企業が良かれと思って行った「配慮」が、当事者の意向を無視した「不利益な取り扱い」と見なされる可能性があることを示しています。例えば、妊娠中の従業員から重要な業務を外す行為は、一見すると配慮のように見えますが、本人の意欲を削ぎ、ハラスメントと判断されるリスクをはらんでいるのです。

妊活ハラスメントの対策

妊活ハラスメントを未然に防ぐには、制度面の充実と、従業員の理解を深めるソフト面の対策を両輪で進めることが不可欠です。

柔軟な働き方を実現する制度の導入と活用

不妊治療と仕事の両立を支援するためには、従業員が自分のペースで働ける柔軟な制度を導入することが極めて重要です。

不妊治療専用の特別休暇:一部の企業では、不妊治療専用の特別休暇制度を導入しています。これにより、従業員はプライバシーを守りながら、気兼ねなく治療に専念できるでしょう。

時間単位の有給休暇:不妊治療は丸1日休む必要がない場合も多いため、時間単位で取得できる有給休暇制度は非常に使い勝手が良いとされています。

柔軟な勤務制度:フレックスタイム制、テレワーク、時差出勤、短時間勤務などは、急な通院や体調不良に柔軟に対応できるため、仕事との両立を大きくサポートします。

これらの制度を導入する際には、従業員が心理的なハードルを感じずに利用できるよう、運用面での工夫も求められます。例えば、制度の名称を「ファミリー休暇」のように不妊治療に限定しないことで、当事者が利用しやすくなり、プライバシーの保護にもつながるでしょう。また、当事者は「同僚に迷惑をかけているのではないか」と罪悪感を抱きがちですので、人員配置に余裕を持たせるなど、周囲の負担を軽減する対策も同時に講じることが重要です。

経済的負担を軽減する費用助成と福利厚生

不妊治療、特に高度な治療には多額の費用がかかり、経済的な負担が大きな問題となります。企業による経済的支援は、従業員の治療継続を力強く後押しするでしょう。

企業独自の支援策:企業が提供できる支援策には、治療費の一部補助や貸付制度が挙げられます。トヨタ自動車の事例では、不妊治療支援金制度として生殖補助医療1回につき上限5万円を支給し、健康保険組合や労働組合が連携してサポートしています。

プライバシーへの配慮:費用助成の申請は、上司を通さずに共済会などに直接申請できる仕組みを設けることで、従業員のプライバシーを保護し、利用を促進できるでしょう。

国の助成金制度の活用:企業が不妊治療と仕事の両立支援に取り組む場合、国からの「両立支援等助成金(不妊治療両立支援コース)」や「働き方改革推進支援助成金」の対象となる可能性があります。これにより、企業の金銭的な負担を軽減し、取り組みを加速させることが可能です。

相談しやすい環境づくりと社内啓発の進め方

制度を整えるだけでは、妊活ハラスメントは防げません。最も重要なのは、従業員一人ひとりが不妊治療への理解を深め、心理的に相談しやすい環境を構築することです。

相談窓口の設置

社内に相談窓口を設ける際は、不妊治療の経験者が担当者となる例もあり、当事者に寄り添った支援が可能です。また、プライバシーに最大限配慮するため、外部の専門機関や産業医と連携した相談窓口を設置することも有効でしょう。

研修・啓発活動

悪意のないハラスメントを未然に防ぐため、管理職を含む従業員全員に、不妊治療の現実や当事者の心情について理解を深める機会を設けることが不可欠です。男性社員も参加する全社的な取り組みにすることで、社内全体のヘルスリテラシーが向上し、企業文化そのものが多様性を尊重するものへと変革していくでしょう。

当事者・周囲へのヒント

・当事者:信頼できる上司や人事に、通院が必要なことなど必要最低限の情報に絞って、シンプルかつ冷静に伝えることが大切です。

・周囲:不妊治療中の従業員に対しては、過度に特別視せず自然体で接し、プライバシーに深く踏み込まない配慮が求められます。当事者が協力を求める際に、業務の調整やサポートを申し出る姿勢を示すことが大切です。

健康経営・女性活躍推進に不可欠な妊活支援の価値

妊活支援は、単なる慈善事業や福利厚生ではありません。それは、企業の競争力を高め、持続的な成長を実現するための戦略的な投資です。

妊活支援がもたらす企業へのメリット

妊活支援を積極的に行うことは、企業にとって以下のような具体的なメリットをもたらすでしょう。

優秀な人材の確保と定着:妊活支援制度は、従業員のエンゲージメントとモチベーションを高め、優秀な人材の離職を防ぎます。晩婚化が進む現代において、将来のキャリア形成とライフプランを両立したいと考える人材にとって、妊活支援は重要な企業選択の基準となります。

企業価値の向上:不妊治療を支援する企業は、厚生労働省の「くるみんプラス認定」を取得できます。この認定マークを使用することで、社会的な信頼を獲得し、企業のブランドイメージを向上させることが可能です。

生産性の維持・向上:従業員が安心して治療に取り組める環境は、精神的ストレスを軽減し、結果的に生産性の維持・向上に貢献するでしょう。不妊治療経験者が「仕事を続けたい」と強く願っているにもかかわらず、それが叶わない現状があるからです。この「個人の強い意志」を「企業の成長」に繋げられるかどうかが、現代の経営者に問われていると言えるでしょう。

妊活支援に取り組む先進企業の事例

多くの企業が、妊活支援の重要性を認識し、独自の支援制度を導入しています。これらの事例は、企業が多様な働き方や従業員のウェルビーイングを実現するモデルケースとなるでしょう。

制度の導入事例:柔軟な働き方を支援する例として、富士フイルムビジネスイノベーション株式会社は、不妊治療を目的とした最長1年間の「出生支援休職制度」を導入しています。また、メルクグループジャパンは、「YELLOWLeave」という不妊治療専用の有給休暇を従業員に付与しています。

経済的支援の事例:トヨタ自動車株式会社は、生殖補助医療1回につき上限5万円の不妊治療支援金を支給する制度を設け、従業員の経済的負担を軽減しています。

包括的な支援事例:株式会社メルカリや株式会社サイバーエージェントは、妊活支援を軸にした出産前後のサポートやワークライフバランス相談窓口を設置するなど、包括的な取り組みを進めています。

これらの事例は、大企業だけでなく、比較的規模の小さい企業やスタートアップも積極的に妊活支援に取り組んでいることを示唆しています。これは、企業の規模に関わらず「人材」を重要視する経営層の意識変革が、着実に進んでいる証拠でしょう。

まとめ

妊活ハラスメントは、妊娠前のデリケートな時期に発生する深刻な問題であり、その背景には不妊治療に対する根深い無理解と認識ギャップがあります。この問題は、当事者を深く傷つけるだけでなく、企業にとって法的リスクや優秀な人材の離職という、具体的な損失に繋がる経営課題です。

しかし、この課題は克服可能です。企業が、不妊治療専用休暇、時間単位有給、フレックスタイム制といった柔軟な働き方制度、そして費用助成などの経済的支援を整備することで、従業員は仕事と治療を両立できるようになります。さらに、相談窓口の設置や全社的な啓発活動を通じて、従業員一人ひとりの理解を深めることが、ハラスメントを未然に防ぐ上で最も重要です。

妊活支援は、単なる福利厚生ではなく、企業の健全な成長と、すべての従業員のウェルビーイングを実現するための重要な投資です。今こそ、多様なライフプランを尊重し、真の「健康経営」と「女性活躍推進」を体現する企業へと変革していく時ではないでしょうか。この取り組みを通じて、企業は従業員からの信頼を獲得し、社会から高く評価される存在となるでしょう。