ケアハラスメントとは?企業の健康経営と女性活躍推進を成功に導くための戦略的アプローチ

2025年 9月 22日

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超高齢化社会が進む中、家族の介護と仕事を両立する「ビジネスケアラー」への嫌がらせや不利益な取扱いを指す「ケアハラスメント」が問題となっています 。

このハラスメントを放置すると、企業の生産性低下や法的リスクに直結します。

この記事では、ケアハラスメントの全体像と、企業の健康経営や女性活躍推進を成功に導くための戦略的な対策を解説します。

ケアハラスメントの種類

ケアハラスメントは単一の行為ではなく、その様態によっていくつかの類型に分類することができます。これを理解することは、企業が効果的な予防策を講じる上で不可欠です。本章では、ケアハラスメントを3つの主要な類型と、その背後にある無自覚な要因に焦点を当てて解説します。

ケアハラスメントの類型と具体例

ケアハラスメントの代表的な類型として、「制度利用妨害型」「嫌がらせ型」「不利益取扱い型」の3つが挙げられます。

制度利用妨害型

制度利用妨害型とは、介護休業や介護休暇の申請を認めない、あるいは申請をためらわせる言動、短時間勤務などのサポート制度の利用を妨害する行為を指します。また、制度利用を申請した従業員に対して左遷や降格を示唆する言動もこの類型に含まれるでしょう。

嫌がらせ型

嫌がらせ型には、心ない発言や態度が含まれます。例えば、「定時で帰れて羨ましい」といった嫌味や、介護の大変さを話す従業員に対し不快感を示す態度、無言のプレッシャーをかける、無視をする、孤立させるといった行為が該当します。

不利益取扱い型

不利益取扱い型は、介護を理由として解雇や契約更新を拒否したり、不当な降格や減給、賞与の不利益な算定を行ったりする行為です。また、介護支援制度の利用を理由に不当な配置転換や自宅待機を命じることもこの類型に含まれます。

これらの類型は、しばしば複合的に発生します。例えば、制度利用を妨害された結果、解雇や降格といった不利益な取扱いを受けるケースも少なくありません。また、嫌がらせや不利益な取扱いによって、従業員がやむを得ず制度の利用を断念してしまうといった状況もケアハラスメントに該当します。育児・介護休業法は、こうした制度利用を理由とする不利益な取扱いを禁止しており、企業にはその防止措置を講じる義務が課されています。

無自覚に発生するケアハラスメント

ケアハラスメントの根深い問題は、それが必ずしも悪意を持って行われるとは限らない点にあります。しばしば、無自覚な行為がハラスメントを引き起こす温床となります。

業務のしわ寄せに対する不満

介護休業や短時間勤務の利用によって、介護をしていない周囲の従業員に業務負担が集中することがあります。この業務増加に対するストレスや不満が、介護者への心ない発言や嫌がらせに繋がり、ハラスメントを発生させるケースが散見されます。特に、介護は育児休業のように終了時期が明確でない場合が多く、いつまで業務のしわ寄せが続くか見通しが立たないことが、周囲の不満を増幅させる一因となります。このような状況は、ケアハラスメントが個人の問題ではなく、組織全体の業務体制や従業員間のコミュニケーションに起因する構造的な問題であることを示唆しています。

「介護は個人の問題」という認識の相違

介護に対する認識が、「家事の延長」や「個人の問題」として捉えられている場合、支援を受けることに対する従業員自身の抵抗感が生まれるだけでなく、周囲も介護を理由とした制度利用に理解を示しにくくなります。この認識の相違が、介護を必要とする従業員に不公平な扱いを生み、ハラスメントの引き金となります。さらに、同僚の中には、本人のキャリアを思って「制度を使わない方がいい」と説得するような、一見善意に見える言動が無自覚なハラスメントに該当することもあります。これは、単にルールを遵守するだけでなく、従業員間の相互理解を深め、介護と仕事の両立を当たり前とする文化を醸成することこそが、根本的な解決策となることを意味します。

ケアハラスメントがもたらす損失

ケアハラスメントを放置することは、企業の財務や評判に深刻な悪影響をもたらします。本章では、その影響を多角的に分析し、対策の重要性を経営リスクの観点から論じます。

生産性低下と経済的損失の定量化

仕事と介護の両立困難が引き起こす経済的損失は、無視できない規模に達します。経済産業省の試算では、2030年にはこの問題による経済損失が9.2兆円に達すると予測されており、その大部分は労働生産性の低下が占めています。ケアハラスメントは、チーム内の雰囲気を悪化させ、従業員間の連携を阻害するため、直接的な生産性低下を招きます。これにより、業務運営に支障が生じ、ミスやクレームの増加といった負の連鎖を引き起こし、広範囲にわたる経済的損失を生む可能性があります。

この見えにくい損失を可視化するため、介護離職が企業に与える経済的損失の試算について解説します。年間介護離職者数は約10万人で、2030年の経済損失は、労働損失額、育成費用損失額、代替人員採用コストの合計で約9.1兆円から9.2兆円に達すると予測されています。参考までに、パワハラによる損失は従業員一人あたり年間2万円強と試算されています。

このデータは、介護問題を放置することが、企業のコアビジネスに直接的な打撃を与えることを示しています。特に、介護離職による損失には、単なる採用・育成コストだけでなく、「生産性の低下」という見えにくい要素が含まれている点が重要です。これは、ハラスメントが特定の個人だけでなく、組織全体のパフォーマンスに影響を及ぼすことを物語っています。

優秀な人材の離職と獲得コストの増大

年間約10万人が介護を理由に離職する現状は、企業にとって看過できないリスクです。介護に直面する40代から50代は、組織の中核を担うベテラン人材であり、彼らの離職は単なる人員削減にとどまらず、長年培ってきた知的資産や組織的なノウハウの喪失を意味します。これにより、新たな人材の採用や教育に多大なコストが発生し、悪循環が生じます。

見落とされがちな介護離職者の実態と心理

介護離職者の実態を調査すると、意外な傾向が明らかになります。ケアマネジャーや地域包括支援センターに相談したり、自主的に情報収集を行ったりするなど、仕事と介護の両立に積極的に取り組んでいた人ほど、最終的に離職に至るケースが多いのです。これは、単に制度や情報の不足が離職の原因ではないことを示唆しています。制度を知っていても、「介護は自分がやらなければ」という強い思い込みや、職場で感じる冷たい視線といった心理的な壁が、最終的な離職を決断させる重要な要因となっているのです。この事実は、企業が単に制度を導入するだけでなく、それを「実際に使える」文化を醸成することこそが、最も重要な対策であることを示しています。

企業イメージと社会的信用の失墜

ケアハラスメントの事例がメディア等で取り上げられた場合、企業は「ハラスメントを放置する企業」という社会的レッテルを貼られ、社会的信用を失う可能性があります。これは、採用活動における優秀な人材の獲得を困難にし、既存従業員のエンゲージメントを低下させるなど、広範囲にわたる悪影響を及ぼします。

ケアハラスメントの法的リスク

ケアハラスメント対策は、もはや企業の努力義務ではなく、法的責任を伴う重要なコンプライアンス課題です。育児・介護休業法は、企業にハラスメント防止のための措置を講じることを義務付けており、違反した場合には法的リスクに直面します。

育児・介護休業法に基づく企業の義務

育児・介護休業法では、事業主自らが不利益な取扱いを行うことを禁止しているだけでなく、上司や同僚がハラスメント行為を行うことのないよう、企業として防止措置を講じる義務があります。この防止措置には、以下の4つの柱が含まれます。

  • 事業主の方針の明確化と周知徹底:どのような行為がハラスメントに当たるのかを明確にし、従業員に周知する。
  • 相談・苦情に応じ、適切に対応するための体制整備:相談窓口を設置し、迅速かつ適切に対応できる体制を整える。
  • 事後の迅速かつ適切な対応:ハラスメントが発生した場合、事実関係を迅速に確認し、被害者への配慮措置や加害者への厳正な処分を行う。

プライバシー保護:相談者や行為者のプライバシーを保護するための措置を講じる。

不利益取扱い禁止と過去の裁判事例から学ぶ教訓

育児・介護休業法は、制度利用を理由とする不利益取扱いを厳格に禁止する強行法規です。過去の判例は、この規定の重要性を示しています。

  • シュプリンガー・ジャパン事件:短時間勤務制度の利用を理由に不利益な取扱いを受けた従業員に対し、裁判所は損害賠償を認めました。
  • アメリカン・エキスプレス・インターナショナル事件:育児休業から復職した管理職の職務配置が不当とされ、均等法および育児・介護休業法違反と判断された事例です。

これらの判例から得られる教訓は、企業がたとえ業務上の必要性を主張したとしても、制度の利用を「契機として」不利益な取扱いが行われた場合、原則として法違反と判断されるということです。これは、企業が安易に「特段の事情」を主張することが困難であることを意味します。裁判事例は、ケアハラスメントを放置することが、法的紛争、多額の賠償金、そして深刻な企業イメージの失墜につながることを示しており、法務部門や経営層に直接訴えかける強力なリスクマネジメントの論拠となります。

ケアハラスメントの予防と対策

ケアハラスメントを未然に防ぎ、従業員のエンゲージメントを高めるためには、単発的な対策ではなく、経営戦略に組み込まれた多角的なアプローチが必要です。ここでは、企業が取り組むべき5つの戦略的な柱を提示します。

明確な方針策定と周知徹底

ケアハラスメント対策の第一歩は、企業としての明確な姿勢を示すことです。

  • 経営トップからのメッセージ発信:ハラスメントを許容しないという強い姿勢を、経営トップ自らが社内外に発信することが重要です。これにより、組織全体にハラスメント防止の重要性が浸透します。
  • 就業規則と社内ガイドラインの整備:介護休業、介護休暇、短時間勤務といった制度を就業規則に明記し、利用条件や申請方法を明確にすることで、従業員が安心して制度を利用できる環境を整えます。

従業員と管理職への教育・研修

ハラスメントへの認識不足が原因で発生するケースが多いため、全従業員に対する体系的な教育が不可欠です。

  • 全従業員向けの意識改革研修:ケアハラスメントの概念、具体的な行為例、そしてそれが企業に与えるリスクを全社的に共有します。eラーニングの活用も効果的です。
  • 管理職に特化したマネジメント研修:介護に直面した部下への適切な対応方法、制度利用を促す声かけ、そして周囲の業務負担を軽減するためのチームマネジメントについて教育することが特に重要です。

柔軟な働き方の導入と運用

法定制度だけでなく、企業独自の柔軟な働き方を導入することで、従業員の両立をより効果的に支援できます。

  • 法定制度の拡充:法律で定められた介護休業(通算93日)や短時間勤務制度に加え、独自の制度を設けている企業も増えています。
  • 先進企業の事例:大和ハウス工業は介護休業期間を無期限としており、従業員が長期的な介護にも安心して向き合える環境を提供しています。

株式会社リコーは最長2年間まで介護休業の取得を可能にしています。

  • テレワーク・フレックス制度の活用:2025年の法改正で努力義務化されるテレワークは、従業員の通勤負担を軽減し、介護の合間に業務を行うことを可能にします。これらの柔軟な働き方を導入することで、政府が提供する「両立支援等助成金」の活用にも繋がりやすくなります。

相談体制の整備とプライバシー保護

ハラスメントの兆候を早期に発見・解決するためには、従業員が安心して相談できる窓口の設置が不可欠です。

  • 社内外の専門相談窓口の設置:社内に専用の部屋を設けるだけでなく、プライバシー保護の観点から外部の専門機関に委託することも有効です。
  • 相談しやすい風土の醸成:相談窓口の存在をポスターや社内報で周知するだけでなく、相談者が安心して話せるよう、担当者の専門性や男女混合の配置などにも配慮します。

業務効率化とリソース確保

介護者がいるチームの業務負担を軽減することは、ハラスメントの根本原因を解消するために重要です。

  • DXによる業務負担軽減:ITツールの導入による業務自動化や、業務プロセスの見直しを通じて無駄をなくすことで、チーム全体の生産性向上と負担軽減を図ります。
  • 代替要員確保と助成金活用:介護休業期間中に代替要員を新規雇用したり、周囲の従業員に手当を支給したりする場合、「両立支援等助成金(介護離職防止支援コース)」が活用できます。

ケアハラスメント対策として、企業が取るべき行動は多岐にわたります。明確な方針策定としては、経営者からのメッセージ発信や就業規則への明確な記載が必要です。教育・研修では、全従業員向けと管理職向けに分けてハラスメント研修を実施することが求められます。柔軟な働き方については、法定制度を超える独自の介護支援制度の導入や、テレワーク・フレックスタイム制度の積極的な活用が有効でしょう。また、相談窓口の設置や定期的な従業員実態調査の実施を通じて相談体制を整備し、ITツール導入による業務自動化や両立支援等助成金の活用により業務効率化とリソース確保を進めることが重要です。

ケアハラスメント対策の成功事例

ケアハラスメント対策は、単なる法令遵守を超え、企業の持続的成長のための戦略となりつつあります。先行企業は、そのための具体的なソリューションを導入し、成果を上げています。

両立支援等助成金(介護離職防止支援コース)の活用

政府は、介護離職を防ぐ中小企業を支援するための助成金制度「両立支援等助成金(介護離職防止支援コース)」を提供しています。この助成金は、従業員が円滑に介護休業を取得し、職場復帰することを支援する企業に支給されます。

  • 2025年改正のポイント:政府は、5日程度の短期休業では不十分と判断し、より長期の介護休業(15日以上)取得を促進するため、助成金の金額を増額する方針です。これにより、介護支援プランに基づいた長期の休業取得や、業務代替要員の確保、そして周囲の従業員への手当支給など、より実効性の高い取り組みが評価されるようになります。

大企業・中小企業の介護支援事例

企業規模に関わらず、独自の介護支援策を導入し、従業員の両立を支える事例が増えています。

大企業

大和ハウス工業は、法定の介護休業期間(93日)を上回る「介護休業無期限」制度を導入し、従業員が家族の介護に安心して向き合える環境を提供しています。

三井住友海上火災保険は、外部の専門家と連携した介護相談窓口を設置し、従業員に多くの情報を提供しています。

中小企業

ミニメイド・サービス株式会社は、女性スタッフが9割を占める特性から、介護に直面しても長く働き続けられる職場環境づくりを実践しています。

株式会社白川プロは、積立有給制度や事前の情報提供を通じて、従業員の就業継続をサポートしています。

外部サービスを活用したソリューション事例

介護支援は、人事制度の枠組みを超え、外部のテクノロジーやサービスを積極的に活用する段階に入っています。

トヨタ自動車:介護が必要な方向けに、電動車いすの介護保険レンタルサービスを提供しています。また、介護施設向けに、情報共有をリアルタイムで行えるデジタルツール「C+walkS」を開発し、介護現場の業務効率化に貢献しています。

富士フイルム:介護福祉士養成校向けに、実習現場における学生・教員・指導者間の情報共有をスムーズにする「介護実習支援システム」を提供しています。

これらの事例は、介護支援が単なる福利厚生ではなく、テクノロジーを活用して従業員が直面する具体的な課題を解決するビジネス機会としても捉えられていることを示しています。これは、企業の社会的責任(CSR)から一歩進んだ、新たな事業領域の開拓とも言える動きです。

まとめ

ケアハラスメント対策は、単なるハラスメント防止策や法令遵守にとどまるものではありません。それは、企業の競争力と持続可能性を根本から高めるための戦略的投資です。

介護支援は、従業員の心身の健康を守り、メンタルヘルス不調を予防する上で不可欠な要素であり、近年重要性が増している「健康経営優良法人」認定においても、重要な評価項目の一つとなっています。これは、介護支援への取り組みが、企業の持続可能性を示す指標として社会的に認められつつあることを意味します。

また、人的資本経営の観点から見ると、ケアハラスメント対策は企業の知的資産を守るための重要なリスク管理です。介護は、企業が持つ「人的資本」の流出を最も引き起こしやすいリスクの一つであり、これを管理・対策することは、中長期的な企業価値向上に直結します。

結論として、ケアハラスメント対策は、コンプライアンス遵守や短期的な人材確保といった守りの経営だけでなく、従業員エンゲージメントの向上、企業ブランドの確立、そして持続的な生産性向上に貢献する「攻めの経営戦略」です。介護に直面する従業員を孤立させず、企業全体でサポートする文化を醸成することは、企業の未来を創る上で不可欠な次の一手と言えるでしょう。