女性のための働き方改革とは:企業価値を高める戦略的アプローチ

2025年 9月 30日

https://reliable-friends-900b141288.media.strapiapp.com/083_1_57df14cb58.webp

人口減少が進む日本において、女性の力を最大限に活かすことは企業の持続的成長に不可欠です。「女性のための働き方改革」は、福利厚生の拡充にとどまらず、企業競争力を高める戦略的投資として位置づけられています。

本稿では、現状分析や課題の整理から具体的な戦略、公的支援の活用、成功事例までを解説し、女性活躍が企業価値向上にもたらす意義を明らかにします。

女性労働力と働き方の課題

潜在的労働力の存在

日本の女性労働力は、総労働力人口の約45.1%を占める3,124万人に達しており、その存在感は増しています。かつて、結婚や出産を機に30代で離職する女性が多く、年齢階級別の労働力率がアルファベットの「M」字型を描く「M字カーブ」は、日本の労働市場の大きな特徴でした。

近年、このM字カーブは浅くなり、台形に近い形へと変化しています。これは、出産・育児後も就業を継続する女性が増えていることを示唆しており、一見すると労働環境が改善されているように見えます。

しかし、その裏側には、依然として解決すべき構造的な課題が存在します。就業を希望しながら働けていない女性は、全国で156万人にも上るという事実は、企業にとって見過ごせない機会損失を意味します。

この潜在的な労働力は、単なる統計上の数字ではありません。M字カーブの背景には、出産や育児を機にやむなく離職せざるを得ない日本の労働環境や、依然として根強く残る「女性が家事・育児を担うべき」という性別役割分担意識があります。

家庭内に潜む「見えない負担」とキャリアの分断

女性が直面する働き方の課題は、職場内にとどまりません。家庭内における家事・育児負担の偏りは、女性のキャリア継続を阻む大きな要因となっています。内閣府の調査によれば、夫婦と就学前の子どもがいる世帯では、女性の家事時間が男性の約2.8倍、育児時間が約2.1倍に達します。この負担の偏りは、女性が仕事に割ける時間やエネルギーを奪い、精神的な疲弊を招きます。

Indeed社の調査では、ワーキングマザーの92%が仕事と子育ての両立に困難を感じ、そのうち66%が将来的なキャリアプランに見通しを持てないと感じていることが明らかになりました 。このキャリアに対する不安は、特に子どもの年齢が低いほど高くなる傾向にあり、乳幼児期が最も両立に困難を感じやすいタイミングであることが示されています。

このような家庭内の負担の偏りは、仕事に対する意欲を減退させ、キャリアの分断へと繋がります。厚生労働省のデータでも、女性の平均勤続年数は9.8年と男性の13.7年より短く、35歳から39歳を底に労働力率は再び上昇するものの、若い年代と比べて非正規雇用者の割合が増加する傾向にあります 。ワーキングマザーが理想とする家事・育児の負担割合(約59%)と、実際に担っている割合(約74%)とのギャップも、キャリアへの不安を増幅させる一因となっています 。このギャップは、単なる個人の努力不足ではなく、男性の育児参画不足という、より広範な社会・組織的問題に起因すると考えられます。

日本の男女における働き方の現状は、いくつかのデータで確認できます。平均勤続年数は男性が13.7年に対し、女性は9.8年と差があります。労働力率については、かつてのM字カーブは浅くなり台形に近づいていますが、就業を希望する女性は156万人もいるのが現状です。また、夫婦と就学前の子がいる世帯では、女性の家事時間は男性の約2.8倍、育児時間は男性の約2.1倍です。Indeed社の調査によると、ワーキングマザーの66.5%が将来のキャリアプランに見通しを持てないと回答しています 。

企業が向き合うべき「見えない壁」

女性の働き方を阻む課題は、家事・育児といった物理的な負担だけではありません。職場には、目に見えにくい、しかしキャリア形成に深刻な影響を与える複数の「壁」が存在します。企業が真の改革を達成するためには、これらの多層的な課題に正面から向き合う必要があります。

女性のライフステージ特有の健康課題

女性は、月経、妊娠・出産、更年期といった、ホルモン変動に起因する多様な健康課題を抱えています。これらの健康問題は、個人の生活の質を低下させるだけでなく、集中力の低下、パフォーマンスの不安定化を通じて、企業全体の生産性にも影響を及ぼします。

にもかかわらず、多くの女性が体調不良を個人的な問題として我慢し、市販薬で対処しているのが現状です 。その背景には、「体調不良で休暇を取りにくい」という組織文化や、そもそも相談できる環境がないという課題があります 。経済産業省の試算では、女性の健康課題に起因する経済損失は看過できない規模に達することが指摘されており 、これは単なる個人的な不調ではなく、企業が向き合うべき重要な経営課題であることが示唆されています。生理休暇が制度として存在しても、その取得率が20%程度と低い実態は 、制度が形骸化しており、真の意味で従業員のウェルビーイングを尊重する文化が醸成されていないことを示しています。

不妊治療と仕事の両立

不妊治療は、仕事との両立が極めて困難なライフイベントです。急な通院や、体力的・精神的な負担が大きく、治療と仕事のスケジュール調整は容易ではありません。このような個人的かつデリケートな問題に対して、企業が十分な支援を行えているとは言い難い現状があります。

厚生労働省の調査では、不妊治療を行っている従業員の状況を企業が把握できていないケースが約6割に上ります。一方で、従業員側も、プライバシーへの配慮や「治療がうまくいかなかったときに職場にいづらい」という対人関係上の懸念から、職場に状況を伝えない人が半数近く存在します。

この「プライバシーと支援のジレンマ」が、問題の複雑さを増しています。企業側が踏み込みにくいと感じる一方で、従業員は声を上げられずに孤立し、結果として離職を選択するケースも少なくありません 。この悪循環を断ち切るためには、従業員が安心して相談できる窓口の設置や、管理職がデリケートな問題に適切に対応できるリテラシーを身につけることが不可欠です。

組織に潜む「無意識の偏見」

女性のキャリア形成を阻害する最も根深い壁の一つが、無意識の偏見、すなわち「アンコンシャス・バイアス」です 。これは、「女性は事務作業が得意」「子育て中の女性には負担の少ない仕事を」といった、性別に基づく決めつけやステレオタイプを指します。

これらの偏見は、一見すると善意のように見えますが、その影響は深刻です。アンコンシャス・バイアスによって、女性に割り当てられる仕事や配属先が限定され、能力や実績が同等であっても男性候補者が優先されるといった、男性との処遇の格差が生じます 。これにより、女性の昇進意欲が阻害され、リーダーシップを発揮する機会が失われます。さらに、男性の育児休業取得を妨げる要因になったり、ハラスメントの原因になったりすることもあります。

内閣府の調査によれば、「育児期間中の女性は重要な仕事を担当すべきでない」と考える人が、男女ともに約3割にものぼるというデータは 、この無意識の偏見が社会に広く浸透していることを示しています。このバイアスを放置することは、企業の成長を阻害するだけでなく、組織の多様性と公正性を損なうことにも繋がります。

女性が直面する多層的な課題をまとめると、健康課題(月経・更年期)、不妊治療、そしてアンコンシャス・バイアスの3つが挙げられます。健康課題は集中力低下やパフォーマンスの不安定化を招き、企業に経済的損失を与えます。これに対し、企業はヘルスリテラシー向上研修や生理休暇の取得促進、産婦人科オンライン受診の導入などで対応すべきでしょう。不妊治療は、急な通院や精神的・体力的負担から離職リスクを高めます。企業は勤務制度の見直しや相談窓口の設置、管理職向け研修で支援する必要があります 。アンコンシャス・バイアスは、キャリアパスの限定や処遇格差、ハラスメントを引き起こします。これには、従業員や管理職向け研修、対話の機会創出、人事評価の透明化が求められます。

課題を乗り越えるための戦略と制度設計

女性が抱える多層的な課題を乗り越え、真に活躍できる職場環境を構築するためには、単一の制度導入だけでは不十分です。柔軟な働き方の提供、組織文化の変革、そして女性特有の健康課題に対応する包括的な支援策を、相互に連携させながら推進することが重要です。

柔軟な働き方の導入と制度の拡充

柔軟な働き方は、仕事と私生活の両立を可能にする基盤となります。フレックスタイム制やスーパーフレックス制は、始業・終業時間を従業員が自由に設定できるため、育児の送迎や病院の通院といった個別の事情に対応しやすくなります 。これにより、従業員は自身のライフスタイルに合わせて業務時間を調整でき、パフォーマンスの維持に繋がります。

テレワークや在宅勤務制度も、育児期間中の急な対応や通勤負担を軽減する上で非常に有効な手段です 。特に不妊治療など、急な通院が必要な場合に物理的なハードルを大きく下げることができます 。これらの制度は、単に利便性を高めるだけでなく、業務効率化を促し、企業全体の生産性向上にも寄与します 。

さらに、法定を上回る育児・介護休業制度の拡充や、短時間勤務制度の柔軟な運用は、女性の就業継続に大きな影響を与えます 。企業内保育所の設置やベビーシッターサービスの利用料補助など、育児・介護サービスへの経済的支援も、従業員の安心感を高め、離職率の低下に貢献します。

制度の利用を促す「意識と文化の変革」

優れた制度を導入しても、従業員が「使いづらい雰囲気」を感じてしまえば、その効果は限定的になります 。制度の実効性を高めるためには、組織全体の意識と文化を変革する取り組みが不可欠です。

特に重要なのが「男性育休の取得促進」です。男性が育児に参画することは、女性の家事・育児負担の偏りを解消するだけでなく、組織全体の働き方や男女の役割分担意識を変える強力なトリガーとなります 。豊田通商株式会社の事例では、育児休業を「休み」ではなく「学び」と捉える「育習」という考え方を導入し、男性従業員の積極的な育児参画を促しています。また、積水ハウス株式会社のように「家族ミーティングシート」を活用して、家庭内での対話を促す取り組みも有効です。

また、管理職が部下の多様なライフイベントを理解し、適切にサポートできる能力を身につけることも欠かせません。女性特有の健康課題や不妊治療、アンコンシャス・バイアスについての研修を管理職向けに実施することは、制度利用を促すだけでなく、従業員のエンゲージメント向上にも繋がります 。経験豊富な女性管理職が若手のメンターとなる制度は、キャリアプランを具体化する上で貴重な機会を提供します。

企業の枠を超えた包括的なヘルスケア支援

女性の健康課題への対応は、企業が従業員の心身の健康を大切にしているという強いメッセージを伝えます。生理休暇の取得率向上を促すだけでなく、産婦人科のオンライン受診導入や費用補助、健康診断項目の見直しといったサポート体制を構築することは、通院のハードルを下げ、重篤化する前の早期対処に繋がります。

近年、月経管理アプリやオンライン相談サービスなど、テクノロジーを活用した「フェムテック」への注目が高まっています 。これらのサービスを導入することは、従業員のヘルスリテラシーを高め、健康課題に対する個別のニーズに応える上で有効な手段です。また、授乳・搾乳室の設置や、快適な空調・オフィス家具の導入など、女性のニーズに合わせたオフィス環境の整備も、離職率の低下や生産性の向上に寄与します。

実践的な取り組みの成功事例

女性の働き方改革は、業界や企業の規模を問わず、様々な形で進められています。ここでは、大企業と中小企業それぞれの成功事例から、改革を成功に導くための共通の法則を探ります。

成功事例として、株式会社丸井グループ、大成建設株式会社、積水ハウス株式会社、東ソー・エイアイエイ株式会社、小浜信用金庫、株式会社共立アイコムなどが挙げられます。

大企業の先進的な取り組み

大手企業では、経営トップの明確なコミットメントと、多角的なアプローチが改革を加速させています。

  • 株式会社丸井グループ:独自の重点指標「女性イキイキ指数」を設定し、改革の進捗を見える化しました。さらに、女性社員の意識改革に焦点を当てた研修を実施した結果、女性の上位職志向が向上し、それに伴って会社全体の意識も変化するという好循環を生み出しました。
  • 大成建設株式会社:建設業界という男性中心のイメージを払拭するため、男性育休取得率100%を目標に掲げました。子の看護休暇や勤務時間短縮措置の選択肢を拡充するなど、柔軟な制度設計を同時に進めることで、仕事と育児の両立を支援しています。
  • 積水ハウス株式会社:「キッズ・ファースト企業」として、2018年から男性社員に1ヶ月以上の育児休業の完全取得を推進しています。特に特徴的なのは、取得計画を家族で話し合うための「家族ミーティングシート」を活用している点です。これは、家庭内の意識改革まで踏み込んだ、包括的なアプローチの好例と言えます。

中小企業におけるユニークな事例

限られたリソースの中小企業でも、独創的なアイデアと従業員のニーズに寄り添った取り組みで大きな成果を出しています。

  • 東ソー・エイアイエイ株式会社:育児休業の最初の5日間を有給とすることで、男性育休取得を後押ししました。また、育児・介護休暇を1分単位で取得可能にするなど、従業員の事情にきめ細かく対応した結果、男性育休取得率100%を達成しています。
  • 小浜信用金庫:「職員満足なくして顧客満足なし」をスローガンに、全国初の事業所内学童保育施設を開設しました。これは、待機児童問題を抱える地域のニーズに応えるとともに、職員が安心して働き続けられる環境を提供し、高い定着率を維持しています。
  • 株式会社共立アイコム:従業員に長く働き続けてもらうための環境整備が、結果として女性のキャリア形成に貢献しました。

事例に共通する成功の法則

これらの事例に共通するのは、単なる制度の導入に終わらない、以下の3つの要素です。

  • 明確なトップのコミットメント:経営トップが自ら改革のビジョンを掲げ、従業員全体にその重要性を浸透させることで、組織全体の意識が変化し、改革が加速します。
  • 包括的なアプローチ:制度、文化、環境という複数の側面から同時に改革を進めることが、相乗効果を生み、実効性を高めます。
  • 対話と従業員の声の反映:従業員のニーズを丁寧にヒアリングし、制度設計に反映させることで、形骸化しない、本当に必要な支援を提供することができます。

国の助成金・制度を経営の武器にする

女性の働き方改革を推進する企業を支援するため、国や自治体は様々な助成金や認定制度を設けています。これらの公的支援を戦略的に活用することは、改革に必要な初期投資のハードルを下げ、同時に企業の姿勢を社会にアピールする上で有効です。

新設:両立支援等助成金「不妊治療及び女性の健康課題対応両立支援コース」

令和7年4月から、「両立支援等助成金」に「不妊治療及び女性の健康課題対応両立支援コース(仮称)」が新設されます。これは、不妊治療、月経困難症、更年期障害といった女性特有の健康課題に対応する制度を導入し、従業員に合計5日以上利用させた中小企業事業主を支援するものです。

この助成金は、不妊治療のための制度、月経関連症状への対応制度、更年期における心身の不調への対応制度の3つに対して、それぞれ30万円(最大90万円)が支給されます。この助成金の新設は、国が女性の健康課題を「個人の問題」ではなく、「企業が投資すべき経営課題」として明確に位置付けた強いメッセージであると捉えることができます。中小企業がこの助成金を活用することは、初期投資の負担を軽減し、改革の一歩を踏み出す強力な後押しとなります。

企業価値を高める「女性活躍推進助成金」と「えるぼし認定」

他にも、企業が活用できる制度は多岐にわたります。

  • 女性活躍推進助成金:都内の中小企業を対象に、女性の新規採用や職域拡大を目的とした女性専用設備(トイレ、ベビールーム、仮眠室など)の整備費用を最大500万円まで助成する制度があります。
  • えるぼし認定:女性活躍推進法に基づく行動計画を策定し、その取り組みが優良な企業を厚生労働大臣が認定する制度です。認定企業は、公共調達での加点評価や、企業イメージの向上といったメリットを享受でき、新たなビジネスチャンスの拡大にもつながります。
  • その他の助成金:子どもの急な病気や学級閉鎖に対応するため、テレワークや時差出勤、有給休暇の取得促進などの柔軟な働き方を導入・実施した企業に支給される「働くパパママ育業応援奨励金」などもあります。

両立支援等助成金、女性活躍推進助成金、えるぼし認定といった、女性活躍推進に役立つ制度についてまとめると、以下のようになります。「両立支援等助成金」の「不妊治療及び女性の健康課題対応両立支援コース」は、不妊治療、月経、更年期に対応する制度を導入・利用促進する中小企業を対象としており、各制度に対して30万円(最大90万円)が支給されます。

「女性活躍推進助成金」は、女性の新規採用や職域拡大のための職場環境整備を目的とし、都内の中小企業などが対象です。最大500万円が支給されます。

「えるぼし認定」は、女性活躍推進の優良企業を認定する制度で、行動計画を策定・公表した企業が対象となり、認定マークの取得や公共調達での加点評価といったメリットがあります。

まとめ

これまでの議論が示すように、女性の働き方改革は、単なる社会的な義務や特定の従業員への配慮ではありません。それは、企業が持続的な成長を遂げるために不可欠な、戦略的な経営課題です。この改革は、企業に以下のような具体的なメリットをもたらします。

  • 生産性の向上:健康課題や両立の困難に起因する「見えないコスト」を削減し、従業員一人ひとりのパフォーマンスを最大化します。
  • 優秀な人材の確保と定着:潜在的な労働力を掘り起こし、キャリアを分断することなく働き続けられる環境を提供することで、人材不足を解消します。
  • イノベーションの創出:多様な背景を持つ人材が安心して活躍できる環境は、異なる視点からの発想を促し、イノベーションの源泉となります。
  • 企業イメージの向上と競争力の強化:社会的責任を果たす姿勢は、消費者、取引先、そして求職者からの信頼を獲得し、企業のブランド価値と競争力を高めます。

女性の働き方改革は、女性のためだけの改革ではありません。男性の育児参画を促すことは、男性の働き方の見直しにも繋がり、誰もが私生活を大切にしながら働ける公正な職場を生み出します。シニア層や障がいを持つ人々など、多様な人材の活躍を推進する土壌となり、結果として、性別や年齢、ライフステージに関わらず、誰もが自分らしく働ける組織へと変革していくのです。

この包括的な変革こそが、企業に持続可能な成長と、予測不能な変化に対応できる柔軟性をもたらします。今こそ、具体的な行動の一歩を踏み出し、企業価値の向上と社会貢献を両立させるべき時です。