会社の健康診断とは|義務・対象者・費用負担を人事担当者向けに解説
2025年 12月 4日

「会社の健康診断はどの従業員まで実施すればいいのか」「費用は誰が負担すべきなのか」「実施しないとどうなるのか」―このような疑問や不安を抱えていませんか。
健康診断は労働安全衛生法により、企業に実施が義務付けられています。従業員の健康を守るだけでなく、法令遵守の観点からも適切に実施しなければなりません。
本記事では、会社の健康診断について、法的義務から対象となる従業員の範囲、費用負担、実施後の対応まで詳しく解説します。人事担当者や経営層の方が、自社で必要な対応を明確にできる情報を提供いたします。
会社の健康診断とは
会社の健康診断とは、労働安全衛生法に基づいて企業が従業員に対して実施する医師による健康診断のことです。
労働安全衛生法第66条により、企業には従業員に対して医師による健康診断を実施する法的義務があります。会社は労働者を健康な状態で働かせるという「安全配慮義務」があるためです。これは従業員の人数や企業の規模で決まるものではなく、たとえ従業員が1人でも実施することが法令で義務付けられています。
健康診断の目的は、従業員の健康状態を早期に把握し、適切な対応を取れるようにすることです。疾病の早期発見・早期治療が可能になり、従業員の健康を守ることができます。また、就業の可否や適正配置などの判断のためにも重要な役割を果たすのです。
近年では30代、40代で生活習慣病を指摘される人が増えています。生活習慣病の初期は、目立った自覚症状が出てきません。従業員の健康上の問題を早期に発見するためにも、定期健康診断は受診率100%を目指すことが重要でしょう。
健康診断の実施は企業の義務であり、実施していない場合、労働安全衛生法第120条により50万円以下の罰金を科される可能性があります。労働基準監督署から指導が入り、指導を受けてからも健康診断を実施していない場合に罰則が適用されるのです。
会社の健康診断の種類
会社が実施すべき健康診断には、大きく分けて「一般健康診断」と「特殊健康診断」の2種類があります。それぞれ実施するタイミングや内容が異なりますので、正しく理解しましょう。
一般健康診断
一般健康診断は、職種や業務内容に関係なく、すべての企業が対象となる健康診断です。一般健康診断には、雇入時健康診断、定期健康診断、特定業務従事者の健康診断、海外派遣労働者の健康診断、給食従業員の検便の5種類があります。
雇入時健康診断は、常時使用する労働者を雇い入れる際に実施します。雇入れの直前または直後の適切な時期に行うもので、従業員の入社時の健康状態を把握するための重要な診断です。
定期健康診断は、常時使用する労働者に対して、1年以内ごとに1回、定期的に実施します。これは最も一般的な健康診断で、従業員の健康状態を継続的に把握し、変化を早期に発見するために欠かせません。
特定業務従事者の健康診断は、労働安全衛生規則第13条第1項第2号に掲げる業務(深夜業や有害業務など)に常時従事する労働者に対して、配置替えの際と、6ヶ月以内ごとに1回、定期的に実施します。特定業務は身体への負担が大きいため、より頻繁な健康チェックが必要なのです。
海外派遣労働者の健康診断は、海外に6ヶ月以上派遣する労働者に対して、派遣前と帰国後に実施します。また、給食従業員の検便は、事業に附属する食堂や炊事場における給食の業務に従事する労働者に対して、雇入れの際と、配置替えの際に実施するものです。
特殊健康診断
特殊健康診断は、特定の有害な業務に従事する従業員を対象に実施される健康診断です。有機溶剤を取り扱う業務、鉛業務、四アルキル鉛業務、特定化学物質を取り扱う業務、高気圧業務、電離放射線業務、石綿業務などが該当します。
特殊健康診断の検査項目は、事業所によって異なります。たとえば、有機溶剤を使用している事業所の場合、業務歴の調査、有機溶剤による健康障害の既往歴の調査、自覚症状・他覚症状の有無の検査、尿中の有機溶剤の代謝物の量の検査、必要に応じて行う肝機能検査などが含まれます。
騒音が激しい環境で働く従業員には、聴力検査を中心とした特殊健康診断が必要です。長期間の騒音曝露は、聴覚障害を引き起こす可能性があるため、定期的な健康診断によって従業員の聴力を監視し、必要な保護対策を実施します。
普段から現場で使用している薬剤などについては、人事部や総務部で厳重に管理しておきましょう。どの従業員が特殊健康診断の対象になるかを正確に把握することが重要です。
会社の健康診断の対象者
それでは、具体的にどのような従業員が健康診断の対象となるのでしょうか。雇用形態ごとに見ていきましょう。
正社員
正社員は、業務内容や勤続年数などに関係なく、全員が健康診断の対象となります。健康診断の対象は「常時使用する労働者」であり、雇用期間が定められていない正社員は当てはまるためです。
雇入れ時の健康診断に加え、年に1回の定期的な健康診断を受けさせる必要があります。また、特定業務に従事する労働者は、労働安全衛生規則第45条において、6ヶ月に1回は健康診断を受けなければならないとされているのです。
パート・アルバイト
パートタイムやアルバイトの従業員も、一定の条件を満たす場合には健康診断を受けさせる義務があります。具体的には、無期契約または契約期間が1年以上の有期契約により労働する者で、週の所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上である場合、正社員と同様に健康診断の対象となるのです。
この条件を満たしている非正規労働者に健康診断を受診させなかった場合、法律違反となるため注意が必要です。また、無期契約または契約期間が1年以上の有期契約により労働する者で、正社員の週所定労働時間の2分の1以上4分の3未満労働する方の場合、健康診断を受診させる義務はありませんが、厚生労働省により実施が望ましいとされています。
契約期間が6ヶ月以上1年未満の有期契約に該当しても、特定業務に従事、あるいは配置替えを行う際は、6ヶ月に1回健康診断を実施しなければなりません。
派遣社員
派遣社員の場合、労働安全衛生法第66条に基づき、派遣元の企業が派遣社員に対して健康診断を実施する責任を負っています。派遣社員が労働契約を直接結んでいるのは、派遣元の企業だからです。
そのため、直接雇用を行っていない派遣社員に対して、派遣先企業が健康診断実施の義務を負うことはありません。派遣元企業の規模が正社員を含め50人以上である場合は、健康診断結果報告書を労働基準監督署に提出する義務も生じます。
ただし、有害業務に派遣社員を従事させている場合は、派遣先が実施義務を負います。また、健康診断の結果に基づく就労に関する義務については、派遣元・派遣先の双方が負うのです。
会社役員
会社役員の場合、健康診断実施義務の対象となる役員とそうでない役員がいます。見極めるポイントは、「労働者性があるかどうか」です。
役員であっても部長や工場長、支店長などを兼務している場合は、労働者性があるとみなされ、健康診断の実施対象になります。一方で、代表取締役社長などのような事業主に該当する役員は対象外です。
法律上の義務はなくても、定期的に健康診断を受診し、実務上・経営上のリスクを減らすことは重要でしょう。企業や組織を健全に運営するという観点からみると、義務の対象外である役員であっても、健康診断を受診しておいた方がよいといえます。
会社の健康診断の費用負担
健康診断の費用は、誰が負担すべきなのでしょうか。法律に基づいた負担の考え方を解説します。
法定健康診断
労働安全衛生法等で事業者に義務付けられている健康診断の費用は、法により事業者に健康診断の実施が義務付けられている以上、当然に事業者が負担すべきものとされています。つまり、会社に義務付けられている健康診断の費用は、全額会社の負担となるのです。
健康診断は保険が適用されず、自由診療のため医療機関によって費用が異なりますが、従業員1人につき5,000円から15,000円が相場です。企業の定期健康診断用に見積もりを受け付けている医療機関もありますので、費用だけでなく、予約の取りやすさや健康診断の形式なども踏まえて検討しましょう。
雇入時健康診断の受診費についても、労働安全衛生法等によって健康診断の実施が会社に義務づけられていることから、会社が負担すべきとされています。よって、会社側が入社前の従業員に雇入時健康診断の受診を指示する場合は、その費用は会社負担が適切といえるのです。
再検査・オプション検査
健康診断の実施や受診には会社・従業員ともに義務がありますが、再検査は双方において実施の義務がありません。そのため、再検査費用は基本的に従業員の自己負担とすることが可能です。
しかし、労働契約法によって会社には従業員への安全配慮義務があるため、再検査を受診できるよう配慮することが望ましいとされています。再検査の費用を会社が全額負担したり、再検査を勤務時間内に受けられるようにしたりするなどの対応をして、再検査が受けやすい環境づくりをしていくことが推奨されるのです。
オプション検査については、法律で実施の必要性が定められていないため、料金は従業員の自費負担が基本です。ただし、産業医が就業判定を行うときにオプション検査の結果が必要と判断した場合は、企業負担とするのが望ましいでしょう。
人間ドックも法定項目以外の受診は必須ではないため、人間ドックの費用の全額を会社が負担する必要はありません。ただし、会社によっては、福利厚生の一環として検査費用の全額または一部を会社が負担しているケースや、自治体・健康保険組合からの補助金を利用して一部会社が負担するケースがあります。
受診時間の賃金
健康診断受診に要した時間の賃金の支払いは、必ずしも必要というわけではありません。定期健康診断や雇入れ時の健康診断などの一般健康診断は、一般的な健康確保を目的として会社に実施義務を課しているため、業務を遂行するうえでの直接的な関連はなく、受診時間の賃金は労使間の協議によって定めるべきとされています。
ただし、厚生労働省によると、「円滑な受診を考えれば、受診に要した時間の賃金を事業者(会社)が支払うことが望ましい」としています。また、労働安全衛生法でも「事業の円滑な運営の不可欠な条件であることを考えると、その受診に要した時間の賃金を事業者(会社)が支払うことが望ましい」との記載があるのです。
多くの企業が受診にかかる時間分の給与を従業員へ支払っています。従業員に不満を抱かせないためにも支払うことが望ましいでしょう。就業時間内に健康診断を行う形を取り入れ、業務の一環としている会社も見受けられます。
なお、特殊健康診断については、所定労働時間内に行うことが義務化されています。そのため、時間外に実施すれば、割増賃金を支払わなければなりません。
会社の健康診断後の義務
健康診断を受けさせたら、それで終了するわけではありません。その後のフォローも重要な仕事のひとつであり、法律上の決まりがあります。
結果の記録と保管
事業者は、健康診断の結果を記録し、保存する義務があります。一般健康診断の場合、企業は「健康診断個人票」を作成し、5年間保存する義務があるのです。
健康診断結果は個人情報であるため、書面や電磁データで慎重に管理しましょう。もしも外部に個人情報が漏洩した場合、罰金刑に加え6ヶ月以下の懲役が科される場合があります。このように会社が適切な健康診断を実施しなかった場合は、従業員の健康だけでなく、企業のブランドイメージが損なわれるおそれもあるのです。
結果の通知
事業者は、受診者全員に所見の有無にかかわらず健康診断の結果を文書で通知する義務があります。健診の結果、問題のない人にもきちんと通知しましょう。
健康診断結果は、会社が把握しつつ、従業員へ通知する義務があります。届いた結果に異常がみられた場合は再検査が必要ですが、再検査を受診しやすい環境を作ることが大切です。
医師からの意見聴取
健康診断の結果に基づき、健康診断の項目に異常の所見のある労働者について、労働者の健康を保持するために必要な措置について、医師(歯科医師による健康診断については歯科医師)の意見を聞かなければなりません。
健康診断の結果、もし「要所見」「要再検査」など、異常が見つかった従業員がいれば、会社は従業員の健康保持のために必要な措置(就業上の配慮事項など)について産業医(医師)から意見を聴取しなければならないのです。労働者が就業を続けることが可能かどうかを、産業医が判断することを、就業判定といいます。
事後措置の実施
医師または歯科医師の意見を勘案し、必要があると認めるときは、作業の転換、労働時間の短縮等の適切な措置を講じなければなりません。医師などの就労判定に従って、労働時間の短縮や時間外労働の制限、出張回数の制限や労働負荷の制限、就業場所や部署の変更や夜勤業務の減少など、企業は必要に応じて適切な措置を講じましょう。
労働基準監督署への報告
常時使用する労働者が50人以上いる事業場の場合は、「定期健康診断結果報告書」「特定業務従事者の健康診断結果」の提出義務があります。健康診断(定期のものに限る)の結果は、遅滞なく、所轄労働基準監督署長に提出しなければなりません。
提出期限は定められていませんが、「遅滞なく提出すること」とされていますので、できるだけ早く所轄の労働基準監督署に提出するよう対応しましょう。従業員数が50人に満たない会社の場合には、この義務が免除されます。
従業員が受診を拒否した場合
健康診断は、企業と従業員との双方の義務です。しかし、なんらかの理由で従業員が健康診断を拒否する場合も考えられます。
従業員が健康診断の受診を拒否した場合、従業員本人に対する法的な罰則はありません。労働安全衛生法においては、健康診断を受診させなかった企業や組織を罰することになっています。
ただし、就業規則に健康診断の受診の必要があることや拒否した場合の処分について明記しておけば、企業や組織による懲戒処分を行うことができます。就業規則に健康診断の受診を義務付ける旨と、受診を拒否された際の処分について明記しておくとよいでしょう。
しかし、当人にとっても健康診断を受診しない場合、健康リスクを放置することにつながりかねないため、なんらかの事情があって健康診断の受診を拒否する従業員がいる場合には、日時・場所の調整ができることを伝えましょう。
受けたくない理由をしっかり把握したうえで、従業員の気持ちに寄り添う対応を考えることが大切です。もし「業務が忙しい」といった理由の場合は、受診しやすいように候補日を複数設けたり、繁忙期が部署によって異なる場合は、部署ごとに実施時期を変更したりなど、会社が体制を整えたうえで、働きかけることが重要です。
健康診断の受診拒否は、就業規則に明記されているために懲戒の対象になってしまうことを事前に従業員へ周知しておくことも有効でしょう。また、健康診断は労働安全衛生法に基づく義務である旨を伝えることも重要です。
まとめ
会社の健康診断について、法的義務から対象者、費用負担、実施後の対応まで詳しく解説しました。
会社の健康診断とは、労働安全衛生法第66条に基づき、企業が従業員に対して実施する医師による健康診断です。たとえ従業員が1人でも実施することが法令で義務付けられており、実施していない場合は50万円以下の罰金を科される可能性があります。
健康診断には、一般健康診断と特殊健康診断の2種類があります。一般健康診断には、雇入時健康診断、定期健康診断、特定業務従事者の健康診断、海外派遣労働者の健康診断、給食従業員の検便の5種類が含まれます。特殊健康診断は、特定の有害な業務に従事する従業員を対象に実施されるものです。
対象となる従業員は、正社員は全員、パート・アルバイトは一定の条件(契約期間1年以上、週の所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上)を満たす場合です。派遣社員は派遣元企業が実施義務を負います。
費用負担については、法定健康診断の費用は全額会社負担です。再検査やオプション検査は義務ではありませんが、安全配慮義務の観点から会社負担とすることが望ましいとされています。受診時間の賃金も、支払うことが望ましいとされているのです。
健康診断後は、結果の記録と保管(5年間)、結果の通知、医師からの意見聴取、事後措置の実施、労働基準監督署への報告(50人以上の事業場)といった義務があります。従業員が受診を拒否した場合は、理由を把握し、受診しやすい環境を整えることが重要です。
会社の健康診断は、単なる法令遵守にとどまらず、従業員の健康を守り、企業の持続的な成長を支える重要な取り組みです。本記事を参考に、自社で適切な健康診断を実施していきましょう。





