ピープルアナリティクスとは|女性の昇進で見る、人事データ分析の始め方
2026年 11月 5日

ピープルアナリティクスとは、人事データを分析して、採用、配置、育成、評価、昇進、定着といった人に関する判断に使う取り組みです。法令や政府の文書にこの言葉の定義はなく、経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」は「人事情報基盤の整備」、内閣官房などの「人的資本可視化指針」は人的資本の可視化という言い方をしています。人的資本経営コンソーシアムの事務局が2024年に会員企業に行い、経済産業省が公表した調査(回答261社)では、人材情報基盤の整備で対応策を実行している企業が63.2%にのぼる一方、成果に明確に寄与したと答えた企業は4.6%でした。この記事では、使うデータ、守るべきルール、そして女性の昇進を例にした分析の手順と、小さく始める方法を説明します。
ピープルアナリティクスとは:政府文書での位置づけ
人材版伊藤レポート2.0(2022年5月)は、人事情報基盤の整備を、社員のスキルや経験などの情報を常に整備し、人材戦略の実現に関するタイムリーな意思決定を支える取り組みとして書いています。人事部門がデータを効率的に集めて分析できるよう、人事部門の社員を育てることも求めています。
始め方についても、同じレポートは具体的です。最初から包括的な情報基盤をつくろうとすると時間ばかりかかってうまくいかない可能性が高いとし、自社が重視するKPIに直接関係する情報から、スモールスタートで整えるよう勧めています。
2026年3月23日に改訂された人的資本可視化指針は、人材戦略の効果を測れる指標と目標で可視化し、その進捗をモニタリングするために、人的資本関連情報のDXやAIなどのテクノロジーを活用することも重要なアプローチだとしています。有価証券報告書での人的資本の開示が2023年に義務化され、2026年3月期からは記載事項も広がりました。開示の数字を出すための集計と、社内の判断のための分析は、同じデータから始まります。
日本企業の取り組み状況
経済産業省が公表した「人的資本経営に関する調査」(人的資本経営コンソーシアムの事務局が2024年2月〜4月に実施、回答261社)の結果は次のとおりです。
| 人材情報基盤の整備の状況 | 割合 |
|---|---|
| 重要性を認識していない・議論していない | 0.8% |
| 認識しているが対応策は未検討 | 11.5% |
| 具体的に検討中 | 24.5% |
| 対応策を実行している | 35.6% |
| 実行済みで見直しもしている | 23.0% |
| 成果創出に明確に寄与している | 4.6% |
対応策を実行している企業(165社)に、集めたデータの使い道を聞くと、異動配置の検討が82.4%、スキル・能力の把握が78.2%、昇格や昇給に関する検討が68.5%でした。一方、全261社の課題としては、データを収集・更新する仕組みが不十分(59.0%)、データの粒度が整っていない(47.9%)、項目ごとに複数のシステムを使っていて連携できていない(46.7%)が上位に並びます。回答はコンソーシアムの会員企業で、大企業が中心である点には注意してください。
使うデータ:まず人事記録から
ピープルアナリティクスというとサーベイを思い浮かべる人もいますが、出発点は会社がすでに持っている人事記録です。労働基準法とその施行規則は、労働者名簿に性別、従事する業務の種類、雇入れの年月日、退職の年月日とその事由などを、賃金台帳に労働時間数や賃金の種類ごとの額などを記載するよう定めています。これに等級、人事評価、異動の履歴、休職の記録を加えると、在籍する社員全員について、何年分もさかのぼって分析できます。
何を分析するかの手がかりになるのが、女性活躍推進法の状況把握の項目です。2026年4月から、常時雇用101人以上の企業は、採用者に占める女性の割合、男女の平均継続勤務年数の差異、労働時間の状況、管理職に占める女性の割合、男女の賃金の差異の5つを必ず把握します。さらに必要に応じて、男女別の配置の状況、教育訓練の受講状況、各職階の女性割合、一つ上の職階への昇進割合、人事評価の結果の男女差などを把握します。こうした項目を並べると、配置から育成、評価、昇進までを一続きで見られます。
意識や働きやすさのサーベイは、人事記録の分析に重ねる追加の層として使います。人事記録で「どの段で差が出ているか」を確かめてから、その理由をサーベイや面談で探る順番が、読み違いの少ない進め方です。
守るべきルール:個人情報と健康情報
人事データの分析には、個人情報保護法と労働安全衛生法のルールがかかわります。
| ルール | 中身 | 分析で気をつけること |
|---|---|---|
| 利用目的の特定(個人情報保護法第17条) | 利用目的をできる限り特定する | 個人情報保護委員会のガイドラインは、情報を分析して行動などを推測する場合、どんな取扱いかを本人が予測できる程度に目的を特定するよう求めている |
| 通知・公表(同第21条) | 取得時に利用目的を本人に通知または公表する | 就業規則やプライバシーポリシーで、人事データを配置や育成の検討に使うことを示しておく |
| 統計情報 | 特定の個人との対応関係が排斥された集計は個人情報に当たらない | 少人数の区分は個人が推測できるため、統計とは言えなくなることがある |
| 委託(同第27条) | 分析を外部に委託しても第三者提供に当たらない | 委託先は委託された範囲でしか使えず、委託元には監督の義務がある |
| 健康情報(労働安全衛生法第104条) | 健康確保に必要な範囲で収集・使用する | 取扱規程を衛生委員会等で定める。ストレスチェックの結果は本人の同意なく事業者に提供されず、解雇・昇進・異動に直接の権限を持つ人は実施の事務に従事できない |
健康診断の結果や病歴は要配慮個人情報に当たり、法令に基づく場合などを除いて、取得には本人の同意が必要です。厚生労働省の指針は、心身の状態の情報を理由に、不当な動機や目的による配置転換や職位の変更を行うことを、原則として行ってはならない不利益な取扱いに挙げています。健康情報は個人単位で昇進の判断に結びつけず、集計値として、人事の判断から切り離して扱うのが安全です。取扱規程の審議の進め方は「衛生委員会の議題例|12か月のテーマ表と、2026年度に加えたい議題」で扱っています。
少人数の区分については、人事データ全般に法律で決まった最小人数はありません。数字で示されているのは健康情報の分野で、ストレスチェック指針は集団分析の単位が10人を下回る場合、全員の同意がない限り結果を事業者に提供してはならないとしています。2027年4月からは労働安全衛生規則でも、集団分析を特定の個人を識別できない方法で行うことが明記されます。社内の分析でも、10人未満の区分は表に出さないルールを決めておくと迷いません。
なお、個人情報保護法は2026年7月17日に改正法が公布され、統計作成のための第三者提供を本人の同意なく行える特例などが加わりましたが、主な部分は公布から2年以内の政令で定める日の施行で、2026年11月時点ではまだ施行されていません。
女性の昇進で見る、分析の例
サンプルデータ・架空のグループ「サンライズHD」(12社・従業員8,420名)で、女性の昇進を例に分析の流れを示します。まず、職階の段ごとに女性の割合を並べます。
| 段 | 在籍者 | 女性比率 |
|---|---|---|
| 主任・担当 | 2,420名 | 45.3% |
| 係長・課長代理 | 1,120名 | 24.1% |
| 管理職(課長級以上) | 840名 | 9.8% |
最も大きな落差は、主任・担当から係長・課長代理への21.2ポイントで、管理職の2つ手前の段にあります。次に、この段の昇進割合を男女で出します。厚生労働省のパンフレットが示す計算方法は、「事業年度の開始時にその職階にいた人のうち、一つ上の職階に昇進した人の割合」です。サンプルデータで5年間の昇進率を見ると、女性41.6%、男性63.9%でした。
同じパンフレットは、課題分析の目安として、男性に対する女性の割合が8割を下回る場合は男女の格差が大きいと判断し、さらに分析する必要が高いとしています。この目安に当てはめると、41.6%を63.9%で割って約65%で、8割を大きく下回ります。一方、人事評価の平均は女性3.61、男性3.57(5点満点)でほぼ同じでした。評価は同等なのに昇進で差がつくなら、次に見るべきは評価を昇進に変える段階で、誰が候補に挙がり、どんな経験が昇格要件になっているかを確かめます。係長級の平均滞留年数は男性3.9年、女性6.1年でした。この分析の続きは「女性の係長昇進が進まない理由|評価は同等、処遇だけが違う」で、段ごとの昇進率の出し方は「女性管理職パイプラインの可視化|階層別の男女昇進率の出し方」で詳しく扱っています。
小さく始めるための5つの手順
伊藤レポート2.0の勧めるスモールスタートに沿うと、最初の分析は次の順で進められます。
- 問いを1つに絞る。 「女性はどの段で減っているか」のように、答えが行動計画の目標に直結する問いを選びます。
- 人事記録から必要な項目だけ集める。 在籍者名簿の性別、等級、異動の履歴、人事評価があれば、段ごとの比率と昇進割合までは出せます。
- 利用目的を確かめる。 社内規程やプライバシーポリシーで、配置や育成の検討に使うことが示されているかを確認します。
- 段ごとに男女で数え、定義を書き残す。 誰を分母にしたか、どの時点の等級か、異動者をどう扱ったかを記録しておくと、翌年も同じ数字が出せます。数字の出所を説明できる状態の作り方は「「その数字はどこから?」に即答する|人事データの出典管理と監査対応」にまとめています。
- 結果を目標と打ち手につなぎ、毎年更新する。 女性管理職比率だけでなく、詰まっている段の昇進割合を目標に置くと、施策の効果が早く見えます(「女性活躍推進のKPI設計|女性管理職比率だけでは足りない理由と指標例」)。
Floraの支援:人事データで、差が生まれる段を特定する
Floraのダイバーシティデータプログラムは、在籍する社員全員の人事データを複数年にわたって横断的に分析し、女性の割合がどの段で、どの要因から下がっているかを明らかにします。等級や評価、異動、勤怠、休職の記録を組み合わせ、意識や働きやすさのサーベイは必要に応じて重ねる追加の層として使います。分析の結果は、行動計画の目標や、開示の注記に書ける形でまとめます。手元のデータで何が分かるかを一緒に確かめたいときにご相談ください。
まとめ
ピープルアナリティクスは、人事データを分析して人に関する判断に使う取り組みです。政府の文書は「人事情報基盤の整備」「人的資本の可視化」と呼び、経済産業省が公表した2024年の調査では、取り組みを実行している企業が6割を超える一方、成果に明確に寄与したと答えた企業は4.6%にとどまります。
出発点は、在籍者名簿、等級、評価、異動といった人事記録です。利用目的を特定して通知し、健康情報は集計値として人事判断から切り離し、少人数の区分は出さないというルールを先に決めておきます。女性の昇進を例にすると、段ごとの女性比率と昇進割合を男女で出し、厚生労働省の目安である8割と比べると、どの段を詳しく調べるかの手がかりになります。
よくある質問
ピープルアナリティクスに公的な定義はありますか。
従業員の同意がなければ人事データを分析できませんか。
何人以下の区分は集計結果を出さないほうがよいですか。





