人的資本経営とは?|2026年3月の可視化指針改訂で変わった開示の考え方

2026年 9月 14日

人的資本経営とは、人材を費用ではなく資本と捉え、その価値を引き出すことで企業価値の向上につなげる経営のあり方です。経済産業省の「人材版伊藤レポート」(2020年9月)とその続編「人材版伊藤レポート2.0」(2022年5月)が考え方を示し、2022年8月の「人的資本可視化指針」(内閣官房)が開示の枠組みを示しました。

その可視化指針が、2026年3月23日に改訂されています。内閣官房・金融庁・経済産業省の連名で、副題は「投資家の期待に応えるための人的資本開示」です。改訂版は、開示項目を増やす方向ではなく、経営戦略と人材戦略のつながりをどう書くかに寄せた内容になりました。

この記事では、人的資本経営の考え方を整理したうえで、2026年3月の改訂で何が変わり、開示の実務で何をすればよいかをまとめます。

人的資本経営の基本:人材版伊藤レポートの3つの視点

人材版伊藤レポート2.0は、人的資本経営を実践するための枠組みとして、3つの視点と5つの共通要素を示しています。

3つの視点は、経営戦略と人材戦略の連動、目指す姿と現状のギャップの把握、企業文化への定着です。5つの共通要素は、動的な人材ポートフォリオ、知識・経験のダイバーシティとインクルージョン、リスキルと学び直し、従業員エンゲージメント、時間や場所にとらわれない働き方です。

実務でつまずくのは、たいてい1つ目の視点です。人材戦略が経営戦略と別に立てられ、研修や制度の一覧として存在している状態が珍しくありません。経営戦略の側から「この戦略を実行するにはどんな組織と人材が要るか」を書き下ろさない限り、人材施策は事業の必要と結びつきません。

2つ目の視点は、目指す姿と現状の差を数字で見ることです。ここで初めて指標が要ります。女性管理職比率や研修時間そのものが目的ではなく、目指す姿に届いていないことを示す道具として使います。指標の選び方は「女性活躍推進のKPI設計|女性管理職比率だけでは足りない理由と指標例」で解説しています。

2026年3月の可視化指針改訂で変わった3点

改訂版の要点は3つです。

改訂で加わった考え方実務で求められること
「あるべき組織・人材の姿」を明確にする経営戦略から逆算して、必要な組織像と人材像を言葉にする
「必要となる人的資本投資」を整理するその姿に届くために、どこにいくら投じるかを並べる
SSBJの4要素に沿って開示するガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標の型で書く

1つ目と2つ目は対になっています。目指す組織・人材の姿を書き、現状との差を人的資本の課題として捉え、その課題に対処するための投資を整理する。この順番が改訂版の骨格です。開示の出発点を項目の一覧ではなく、戦略の側に置き直したと言えます。

文章だけでは像が結びにくいので、架空の例で並べてみます。海外売上比率を5年で2割から4割に上げる経営戦略を置いたとします。あるべき組織・人材の姿は「海外拠点の事業を任せられる管理職を、現在の2倍にする」。現状との差は、海外赴任経験を持つ課長級が何人いるかで測れます。必要な投資は、赴任前研修、語学、現地採用の管理職登用、赴任中の処遇改定の4本。進捗を示す指標は、海外経験のある課長級の人数と、赴任者の定着率です。ここまで書ければ、開示する指標が研修時間ではなく、戦略に紐づいた数字になります。

3つ目は、開示の型の話です。改訂版は、サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が開発した開示基準の4つの要素を踏まえた開示を推奨しています。ガバナンス、戦略、リスク管理、指標及び目標という区分です。SSBJ基準そのものは2027年3月期から段階的に適用されますが、可視化指針はその型を先に使うことを勧めています。SSBJ基準の適用時期と人的資本の扱いは「SSBJ基準と人的資本開示|2027年3月期からの適用で女性活躍3項目はどう扱われるか」にまとめました。

あわせて改訂版は、あるべき姿と必要な投資を検討する際に、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)のIFRS S1号を活用することを提案しています。国内の指針と国際基準を別々に扱わず、同じ考え方で通す方向です。

開示の実務:義務の部分と、戦略の部分

人的資本の開示は、義務の部分と任意の部分に分かれます。混ぜて考えると、どこまでやればよいかが見えなくなります。

何を出すか決め方
義務女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金差異法令の定義に従う。解釈の余地は注記で書く
任意(戦略の説明)あるべき組織・人材の姿、必要な投資、進捗を示す指標自社で決める。経営戦略との結びつきで選ぶ

義務の3項目は、有価証券報告書の「従業員の状況」に、提出会社と連結子会社それぞれについて記載します。定義は女性活躍推進法と育児・介護休業法にもとづくもので、自社で変えられません。出し方は「人的資本開示の女性活躍3項目|女性管理職比率・男性育休・男女間賃金差異の出し方」で解説しています。

任意の部分が、可視化指針の改訂が効いてくる領域です。ここで指標を並べるだけの開示になると、投資家から見て他社と区別がつきません。あるべき姿、現状との差、投じる資源、その結果として動く指標。この順で書けているかが、改訂版の求めているところです。

義務の3項目を戦略の説明に使うこともできます。女性管理職比率は法令の定義で出す義務の数字ですが、あるべき組織像が「意思決定層の構成を事業の顧客構成に近づける」なら、その進捗を示す指標としても使えます。同じ数字を、義務として出す欄と、戦略を説明する欄の両方に置く。数字を増やさずに説明を厚くする方法として、現実的な選択肢です。

つまずきやすいところ

実務で止まりやすいのは、次の4つです。

  1. 人材戦略が施策の一覧になっている。 研修、制度、サーベイが並んでいるだけで、どの経営課題に効くのかが書かれていない状態です。経営戦略の文書から、必要な組織像を1枚に書き下ろすところから始めます。
  2. 指標が先にある。 他社が出している指標をそろえてから意味を考える順番になると、開示は増えるのに説明は薄くなります。あるべき姿を決めてから、それに届いているかを測る指標を選びます。
  3. 投資額が出てこない。 必要な人的資本投資を整理するには、研修費だけでなく、採用、配置転換、処遇の改定にかかる費用を並べる必要があります。人事だけでは作れないので、経営企画と経理を巻き込みます。
  4. 同じ指標が社内で複数ある。 経営会議で見せる数字と開示する数字が違うと、戦略と開示の連動を説明できません。指標ごとに定義を1枚にまとめておくのが前提になります。仕組みは「人的資本開示で数値が不一致になる理由|有報・女活法・健康経営度調査の算定範囲と定義差」で整理しました。

4つ目は、開示の量が増えるほど効いてきます。有価証券報告書、女性活躍推進法の公表、健康経営度調査、統合報告書、ESG評価機関の質問票と、同じ指標を出す先が増えると、定義の違いで数字がずれます。どの数字をどの定義で出したかを追える状態が、戦略の説明の土台になります。載せる指標の決め方は「人的資本の可視化に何を載せるか|ダッシュボードで開示に使える指標と使えない指標」で扱っています。

2026年度にやっておくこと

改訂版が出た2026年3月を起点にすると、次の順番が現実的です。

時期やること
2026年度上期経営戦略から「あるべき組織・人材の姿」を書き下ろす。現状との差を指標で確かめる
2026年度下期差を埋めるための人的資本投資を整理する。金額と担当部門を並べる
2027年3月期の開示SSBJの4要素の型で、戦略と指標のつながりを書く。義務の3項目は法令の定義で出す
以降指標の定義書を毎年更新し、定義を変えた年は旧定義の数字も残す

SSBJ基準の適用対象になる企業は、この流れがそのまま適用準備になります。対象外の企業でも、投資家や取引先から人的資本の説明を求められる場面は増えており、同じ整理が使えます。

Floraの支援:戦略の説明に耐える数字を、一つの根拠から

Flora株式会社の「CapLead」は、グループ各社に散在する人的資本の数字を一つの基盤で管理するデータ基盤です。指標ごとの定義レジストリで「何を・どの範囲で数えるか」を固定し、元ファイルの行まで遡れる出典を残し、届け先ごとに「どの数値を・どの根拠で」出したかを一覧にします。経営会議で見る数字と、有価証券報告書や統合報告書に出す数字を、同じ根拠から出せる状態を作ります。

人的資本経営の説明は、最後は数字で確かめられます。まず30分、貴社グループの指標と届け先をお聞かせください。

まとめ

人的資本経営は、人材を資本と捉えて企業価値につなげる経営で、人材版伊藤レポートの3つの視点と5つの共通要素が実践の枠組みです。2026年3月23日に改訂された人的資本可視化指針は、開示項目を増やすのではなく、あるべき組織・人材の姿を明確にし、そこへの投資を整理し、SSBJの4要素の型で書くことを求めています。

実務では、義務の3項目と戦略の説明を分けて考えます。義務は法令の定義で出し、戦略の部分はあるべき姿から逆算して指標を選ぶ。どちらの数字も、定義が1枚になっていなければ説明が続きません。

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