有価証券報告書の訂正報告書|人的資本の数値誤りが起きたときに何が起こるか
2026年 9月 14日

6月末に有価証券報告書を提出して1か月。厚生労働省のデータベースに載せた女性管理職比率と、有価証券報告書の数字が違うことに人事が気づいた。抽出条件が1つ違っていた。差は0.4ポイント。経理とIRに相談すると、訂正報告書を出すことになった。
人的資本の数字の誤りは、財務諸表の誤りとは扱いが違います。会計監査の対象ではなく、課徴金や刑事罰の対象になる「重要な事項」に当たることもまずありません。それでも、訂正報告書はEDINETに5年間、原本と並んで残ります。この記事では、訂正報告書の法的な仕組み、監査と罰則の適用範囲、実際に人的資本の数字を訂正した例、そして誤りを提出前に止める承認の仕組みをまとめます。
訂正報告書の仕組み:会社が「訂正が必要」と認めたときに出す
有価証券報告書の訂正は、金融商品取引法第24条の2第1項が準用する第7条第1項にもとづき、提出会社が訂正報告書を提出して行います。第7条第1項は、法令で定める事情がない場合でも、提出者が書類の中に訂正を必要とするものがあると認めたときは同様に提出すると定めています。人的資本の指標の転記ミスや集計範囲の誤りは、この「会社が訂正の必要を認めたとき」に当たります。
法令上、提出期限の日数は定められていません。実務上は、誤りの判明後すみやかに提出するのが通例です。財務局は、重要な事項について虚偽の記載などを発見したときは、いつでも訂正報告書の提出を命じることができます(第10条第1項の準用)。
訂正報告書には、訂正確認書も添えます。有価証券報告書の記載事項のうち重要なものを訂正した場合は公告が必要ですが、人的資本の指標の軽微な訂正では通常この公告には当たりません。
提出した訂正報告書は、原本の有価証券報告書と同じ期間、受理日から5年間EDINETで公衆縦覧に供され、原本と並んで残ります(第25条第1項第3号)。投資家やESG評価機関が有価証券報告書を開くたびに、訂正の事実が目に入る状態が5年続きます。
訂正報告書と人的資本の数字|監査と罰則はどこまで及ぶか
「従業員の状況」に記載する女性管理職比率・男性育児休業取得率・男女間賃金差異は、財務諸表の外にあります。会計監査の対象ではありません。監査人はこれらを「その他の記載内容」として通読し、財務諸表や監査の過程で得た知識との間に重要な相違がないかを検討しますが、意見や保証は表明しません。監査報告書には「当監査法人はその他の記載内容に対して意見を表明するものではない」という一文が入ります。人的資本の欄だけを訂正する場合、監査報告書の再発行は要りません。
課徴金(第172条の4)と刑事罰(第197条)は、重要な事項の虚偽記載を対象にしています。人的資本の指標の軽微な数値訂正に課徴金が科された公表事例は、Flora株式会社が確認した範囲では見当たりません。東京証券取引所の改善報告書や特別注意銘柄の指定も、適時開示規則の違反や有価証券報告書の虚偽記載など、改善の必要性が高いと認められる場合の措置で、軽微な訂正報告書の提出だけで直ちに発動されるものではありません。
内部統制報告制度(J-SOX)の評価対象は財務報告に係る内部統制です。人的資本の指標の集計プロセスは法定の評価範囲に含まれていません。金融庁は2023年4月の基準改訂で「報告の信頼性」に非財務情報を含める考え方を示しつつ、制度の目的は財務報告の信頼性の確保だと強調しています。人的資本の数字の正確さを担保する仕組みは、各社が自主的に整えることになります。
まとめると、人的資本の数値誤りは、法的な制裁につながる可能性は低く、監査でも止まらず、内部統制の評価でも拾われません。止める仕組みがないまま、5年残る記録になります。
実際に起きた訂正の例
公開されている訂正報告書から、人的資本の欄を訂正した例を3つ挙げます。いずれもEDINETで閲覧できます。
| 会社 | 訂正報告書の提出日 | 訂正した数字 |
|---|---|---|
| ローツェ株式会社 | 2024年6月24日(原本は同年5月31日提出) | 女性管理職比率 12.1%→12.5%、男性育児休業取得率 40.0%→50.0% |
| 石油資源開発株式会社 | 2024年8月8日(原本は同年6月26日提出) | 女性管理職比率 6.0%→5.9% |
| BIPROGY株式会社 | 2023年9月19日(原本は同年6月29日提出) | 男女間賃金差異(提出会社)全労働者 73.8→75.9、正規 72.7→75.0、非正規 82.2→85.2。連結子会社の数字も訂正 |
ローツェと石油資源開発の訂正報告書は、理由を「記載事項の一部に誤りがあった」としか書いていません。BIPROGYの例は注記から原因が読み取れます。労働者数の算定方法を「在籍人数に出勤率を乗じて算出」から「休業中の労働者を除いて算出」に変えており、分母の数え方の誤りでした。
0.1ポイントの訂正でも、訂正報告書は同じ手続きで、同じ5年間残ります。差の大きさは手続きを軽くしません。
金融庁の令和6年度有価証券報告書レビューは、女性管理職比率を女性活躍推進法の「管理職」の定義(課長級以上。課長代理や係長は含めない)に従って算定していない事例を主要な課題として挙げています。集計範囲と定義の誤りが、人的資本の数値誤りの典型です。定義の考え方は「女性管理職比率の公表|算出方法・注記の書き方と、数字を上げる前に見るべき3つの指標」と「男女間賃金差異の計算方法|実務担当者向けガイド」で解説しています。
訂正が決まってから起こること
訂正報告書の提出そのものは、EDINETへの再提出です。実際の作業は、その前後に集中します。
- 原因の特定。 どの数字が、どの抽出条件の違いで、どれだけずれたか。前年の数字にも同じ誤りがないかを遡って確かめます。定義書と抽出条件が残っていなければ、担当者の記憶とExcelから再現することになります。
- 他の届け先との整合。 女性活躍推進法のデータベース、自社サイト、統合報告書、ESG評価機関への回答に同じ数字を使っていれば、それぞれ更新します。届け先ごとに定義が違う場合は、どれが誤りでどれが定義差かを分けます。整理の仕方は「人的資本開示で数値が不一致になる理由|有報・女活法・健康経営度調査の算定範囲と定義差」をご覧ください。
- 社内の報告。 開示責任者、取締役会や監査役への報告と、必要に応じた任意の適時開示(訂正報告書提出のお知らせ)。決算短信の数字と不一致なら、短信側の訂正開示も必要です。
- 再発防止の説明。 なぜ起きたか、翌年どう止めるかを、社内と、場合によっては投資家に説明します。
訂正報告書の作成にかかる費用の公表された推計はありません。Flora株式会社の試算では、原因の特定、他の届け先との整合、社内報告、外部専門家への確認を含めて、1件あたり500万円からの工数と費用がかかります(Flora試算。ヒアリングをもとにした概算で、実際の金額は各社の体制によります)。金額そのものより、開示の担当者数名の時間が1か月単位で消えることが、実務の負担です。平常時でもグループの集計と確認にどれだけの時間がかかっているかは「グループ開示の工数実態 2026」にまとめています。
提出前に止める:承認の仕組み
人的資本の数字は監査でも内部統制でも止まらないので、止める仕組みは社内で作ります。要るのは3つです。
- 指標ごとの定義書と抽出条件。 管理職の範囲、対象期間、出向者や休業者の扱い、元データの抽出条件を文書にします。BIPROGYの例のように、分母の数え方が文書になっていれば、誤りは提出前に見つかります。作り方は「人的資本の指標定義レジストリのつくり方|「何を・どの範囲で数えるか」を社内で固定する手順」にまとめました。
- 届け先間の突き合わせ。 有価証券報告書に載せる数字を、女性活躍推進法の公表値と提出前に並べます。同じ定義なら一致し、定義が違うなら差の理由が書けるはずです。どちらでもない差が、誤りの候補です。
- 承認の記録。 誰が、いつ、どの根拠で数字を承認したかを残します。金融庁の好事例集は、指標の出所や算出方法を記載することが開示の信頼性を高めるとしています。
第三者保証が視野に入る企業では、この3つがそのまま保証対応の準備になります。「SSBJ基準の第三者保証に備える人的資本データ|2027年3月期までに整える3つのこと」と「SSBJ基準と人的資本開示|2027年3月期からの適用で女性活躍3項目はどう扱われるか」で扱っています。
Floraの支援:説明できない差だけを、提出前に
Flora株式会社の「CapLead」は、グループ各社の人的資本の数字を一つの基盤で管理するデータ基盤です。指標ごとの定義レジストリで「何を・どの範囲で数えるか」を固定し、元ファイルの行まで遡れる出典を残し、前年比・外れ値・定義差の整合チェックで、定義で説明できない差だけを提出前に担当者に示します。有価証券報告書と女性活躍推進法の公表値の差が算定範囲の違いなら「説明可能」と注記し、そうでない差を「不整合」として止めます。
訂正報告書を出してから原因を探す代わりに、提出前に差の理由を持っている状態を作ります。まず30分、貴社グループの開示フローをお聞かせください。
まとめ
人的資本の数値誤りは、会社が訂正の必要を認めれば訂正報告書の対象になり、EDINETに5年間、原本と並んで残ります。会計監査の対象に入らず、課徴金や東証の措置は重要な事項の虚偽記載を対象にしているため、法的な制裁につながる可能性は低い一方、監査でも内部統制の評価でも止まりません。
実際の訂正例は、女性管理職比率の0.1ポイントから、男女間賃金差異の分母の数え方まで幅があります。止める仕組みは社内にしかなく、指標ごとの定義書、届け先間の突き合わせ、承認の記録の3つで作ります。
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よくある質問
女性管理職比率が0.1ポイント違っていました。訂正報告書は必要ですか。
訂正報告書を出すと、課徴金や東証の処分はありますか。
監査法人は人的資本の数字を確認しないのですか。





