人的資本の指標定義レジストリのつくり方|「何を・どの範囲で数えるか」を社内で固定する手順

2026年 9月 14日

昨年の女性管理職比率は12.4%だった。今年、担当者が代わって出した数字は14.1%。登用が進んだのか、管理職の数え方が変わったのか、誰にも分からない。前任者のExcelを開くと、管理職の抽出条件はセルの関数の中にだけ残っていて、どの等級から数えたかを書いた文書はどこにもない。

人的資本の数字がぶれる原因の多くは、計算の誤りではなく、定義が人の頭とExcelの中にしかないことです。この記事では、指標ごとに「何を・どの範囲で・いつ・どう数えるか」を1枚に固定する「指標定義レジストリ」の項目、作る順番、版管理と承認の回し方をまとめます。第三者保証が視野に入る企業にとっては、この文書が保証対応の出発点になります。

人的資本の指標定義レジストリとは何か

指標定義レジストリは、開示や社内報告に使う指標ごとに、定義と算出条件を書いた文書の一覧です。指標の数だけ定義書があり、それを一つの台帳で管理します。会計でいう勘定科目の定義書や、システムでいうデータ辞書にあたります。

人的資本の指標は、法令で定義されているものでも、社内で決めなければならない点が残ります。女性管理職比率なら、厚生労働省の算出方法は課長級以上と定めていますが、自社の等級のどこからが課長級にあたるかは各社が決めます。男女間賃金差異なら、賃金に含める手当の範囲と対象期間を決めます。男性育休取得率なら、第1号と第2号のどちらを使うか、有期雇用者をどう扱うかを決めます。こうした「社内で決めた点」を書き残す場所が、レジストリです。

同じ指標が届け先ごとに違う数字になる仕組みは「人的資本開示で数値が不一致になる理由|有報・女活法・健康経営度調査の算定範囲と定義差」で整理しました。レジストリは、その食い違いを「定義で説明できる差」に変えるための道具です。

定義書に書く10の項目

指標1つにつき、次の10項目を書きます。書く順番も、この順が実務で使いやすい順です。

#項目書くこと女性管理職比率の例
1指標名と届け先正式名称と、どの開示・報告に使うか女性管理職比率。有価証券報告書、女性活躍推進法の公表、統合報告書
2根拠法令、通達、調査票の設問番号厚生労働省「管理的地位にある労働者に占める女性労働者の割合の算出及び公表の方法について」
3算出式分子と分母を言葉で女性の管理職数 ÷ 管理職総数 × 100
4法人の範囲単体か、どの子会社を含むか単体。連結子会社は各社で算出
5従業員の範囲雇用形態、出向者、休職者、役員の扱い常時雇用する労働者。出向者は出向元で数える。役員は除く
6定義の対応表法令の定義と自社の制度の対応課長級以上=当社等級M2以上。M1(課長代理相当)は含まない
7対象時点・期間基準日か期間か事業年度末日(3月31日)時点
8元データと抽出条件システム名、テーブル、条件、担当者人事システムの在籍者テーブル。在籍区分=在籍、等級≧M2、性別
9端数処理と表記四捨五入の位、該当なしの表記小数点第2位を四捨五入。該当者なしは「-」
10改定履歴版、改定日、変更内容、影響、承認者第2版 2026年4月1日。M1を除外に変更。旧定義では13.2%、新定義では12.4%

6の定義の対応表が、社内で最も揉める項目です。「マネージャー」という呼称の人を全員数えていたのか、部下のいない専門職を含めていたのか、ここが文書になっていないと前年比較ができません。詳しくは「女性管理職比率の公表|算出方法・注記の書き方と、数字を上げる前に見るべき3つの指標」をご覧ください。

8の抽出条件は、担当者が代わっても同じ数字が出るかどうかを決めます。Excelの関数のままにせず、条件を言葉で書きます。「在籍区分が在籍、かつ等級がM2以上、かつ基準日時点で休職していない」のように書けば、別の人が別のツールで再現できます。

届け先が違えば、定義書も別にする

男性育休取得率のように、届け先ごとに定義が違う指標は、定義書を届け先の数だけ作ります。育児・介護休業法の公表値、健康経営度調査の回答値、くるみん認定の申請値は、分母も期間も違うので、1枚にまとめると必ず混ざります。届け先ごとの違いは「男性育休取得率の算定範囲|届け先ごとに数字が変わる仕組みと注記の書き方」で計算例とともに示しています。

レジストリの台帳には、指標名を縦に、届け先を横に並べ、各セルに定義書の版番号を入れます。同じ指標が3つの届け先で同じ定義書を指していれば数字は一致し、別の定義書を指していれば差が出ます。差が出る組み合わせには、注記の文例をあらかじめ添えておきます。

作る順番:開示から逆算する

レジストリは、指標を全部並べてから作ろうとすると終わりません。次の順番で、今年の開示に使う指標から作ります。

  1. 今年の届け先と指標を洗い出す。 有価証券報告書、女性活躍推進法の公表、男性育休取得率の公表、健康経営度調査、統合報告書、ESG評価機関の質問票、株主総会の想定問答。届け先ごとに、提出する指標を書き出します。法定の3項目だけでも、届け先を掛けると10枚前後になります。
  2. 前年の数字を出した人に、抽出条件を聞き取る。 前年のExcelを開き、関数と手作業を条件の言葉に直します。ここで「なぜこの人を除いたのか」が説明できない条件が出てきたら、それが定義の穴です。
  3. 法令の定義と自社制度の対応表を決める。 人事と経理・IRで合意し、決めた内容を6の項目に書きます。決められない点は「未決」と書いて残し、決めたら版を上げます。
  4. 1枚ずつ承認者を決めて署名する。 人事部長、経理部長、開示責任者のうち誰が承認するかを指標ごとに決めます。承認の記録が、翌年の担当者と保証業務実施者への説明になります。
  5. 開示先マップと注記の文例をつなぐ。 台帳の各セルから、注記の文例へ飛べるようにします。有価証券報告書の注記、公表文の必須要素、社内資料の定義併記が、その場で取り出せる状態にします。

グループ会社が多い場合は、親会社の定義書を雛形として子会社に配り、6の対応表だけを各社の等級に合わせて書き換えます。法人の境目と出向者の扱いは「有価証券報告書の人的資本を連結・グループで出す|子会社を含めた集計と2026年4月の公表義務拡大」にまとめています。

版管理:定義を変えたら、旧定義の数字も残す

定義書は変わります。等級制度の改定、第1号から第2号への切り替え、出向者の扱いの見直し。変えること自体は問題になりません。問題は、変えた記録がないことです。

版を上げるときは、改定日、変更した項目、変更の理由、旧定義と新定義で同じ年度を計算した2つの数字を残します。女性管理職比率が12.4%から14.1%に上がった年に、定義変更の影響が1.2ポイント、実際の登用による上昇が0.5ポイントと分かれば、開示にはそう書けます。分かれていなければ、比率が上がった理由を聞かれたときに答えられません。

有価証券報告書では、算定方法を変えた場合にその旨を注記するのが一般的です。第三者保証では、前年と同じ定義で集計されているか、変えた場合はその影響を説明できるかが確かめられます。保証を見据えた整理は「SSBJ基準と人的資本開示|2027年3月期からの適用で女性活躍3項目はどう扱われるか」で扱っています。

よくある失敗

  • Excelのシートを定義書と呼ぶ。 関数は条件ではありません。条件を言葉で書いた文書がなければ、別の人が別のツールで再現できません。
  • 法令の定義だけ写して、自社の対応表を書かない。 「課長級以上」と書いても、どの等級からかが決まっていなければ、担当者ごとに数字が変わります。
  • 届け先ごとに違う定義を1枚にまとめる。 男性育休取得率の法の公表値と健康経営度調査の回答値が同じ定義書にあると、次の年に混ざります。
  • 承認者を決めない。 誰も承認していない定義書は、翌年に「これで合っているのか」からやり直しになります。
  • 変えた記録を残さない。 定義変更の影響が分からないと、前年比較の説明ができません。
  • 一度作って更新しない。 法改正、調査票の改訂、等級制度の変更のたびに、該当する定義書の版を上げます。年1回、開示の前に全指標を棚卸しする日を決めておきます。

Floraの支援:定義レジストリを基盤の中に持つ

Flora株式会社の「CapLead」は、この指標定義レジストリを製品の中核に持つ人的資本開示のデータ基盤です。指標ごとに「何を・どの範囲で数えるか」を固定して版管理し、各社がデータを投入する画面に定義を表示してセルフチェックさせ、元ファイルの行まで遡れる出典を残します。届け先ごとに「どの数値を・どの根拠で」出したかを一覧にし、定義で説明できない差だけを担当者に示します。法改正で増える項目は基盤側で更新されます。

Excelで回している段階でも、まずは定義書10項目と台帳から始められます。定義書の型は「SSBJの4要素で書く 女性活躍3項目 記載テンプレート」の4ページ目にまとめています。

まとめ

人的資本の数字がぶれるのは、定義が人とExcelの中にしかないためです。指標ごとに、根拠、算出式、法人と従業員の範囲、法令の定義と自社制度の対応表、対象時点、元データの抽出条件、端数処理、改定履歴を1枚に書き、届け先ごとに分け、承認者を決めて版管理する。これが指標定義レジストリです。

今年の開示に使う指標から作り、前年の担当者に抽出条件を聞き取り、対応表を人事と経理で合意する。定義を変えた年は旧定義の数字も残す。この文書があれば、数字が動いた理由を説明でき、担当者が代わっても同じ数字が出て、第三者保証の準備がそのまま進みます。

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