人的資本開示で数値が不一致になる理由|有報・女活法・健康経営度調査の算定範囲と定義差

2026年 9月 14日

株主総会の想定問答を作っている最中に、有価証券報告書の男性育休取得率と、厚生労働省「両立支援のひろば」に載せた数字が違うことに気づく。健康経営度調査の回答を見ると、また別の数字が入っている。人的資本開示を複数の届け先に出している会社では、同じ指標の数値が不一致になる場面はめずらしくありません。

多くの場合、数字はどれも間違っていません。有価証券報告書、女性活躍推進法にもとづく公表、育児・介護休業法にもとづく公表、健康経営度調査は、それぞれが数える法人の範囲、従業員の範囲、指標の定義、対象期間を別々に決めています。同じ会社の同じ年でも、届け先ごとに違う数字になるのが普通です。

この記事では、食い違いが起きる原因を制度ごとに整理し、届け先ごとの差を「定義で説明できる差」と「説明できない差」に分ける手順をまとめます。説明できる差は注記で済み、説明できない差だけが確認の対象になります。

人的資本開示で数値が不一致になるのは、4つの制度が別々に求めているから

女性管理職比率・男性育児休業取得率・男女間賃金差異の3項目は、2023年1月の企業内容等の開示に関する内閣府令(開示府令)改正で有価証券報告書の「従業員の状況」に加わりました。ただし、この3項目を最初に定義したのは女性活躍推進法と育児・介護休業法です。有価証券報告書は、法にもとづいて公表している数字を記載する仕組みで、公表をしない会社は記載を省略できます。3項目の全体像は「人的資本開示の女性活躍3項目|女性管理職比率・男性育休・男女間賃金差異の出し方」にまとめています。

これに健康経営度調査が加わります。健康経営度調査は法定開示ではありませんが、大規模法人部門の調査票は従業員数、女性の育児休業取得状況、男性の育児休業取得人数を独自の定義で尋ねます。届け先を並べると次のようになります。

届け先根拠数える単位対象になる会社
有価証券報告書「従業員の状況」開示府令(2023年1月改正)提出会社と、連結子会社それぞれ有価証券報告書の提出会社
女性活躍推進法にもとづく公表(女性の活躍推進企業データベース、自社サイト)女性活躍推進法 第20条事業主(法人)単位。持株会社も単体で公表常時雇用101人以上(2026年4月〜)
育児・介護休業法にもとづく男性育休取得率の公表育児・介護休業法 第22条の2、施行規則第71条の6事業主(法人)単位常時雇用300人超(2025年4月〜)
健康経営度調査(大規模法人部門)経済産業省・日本経済新聞社の調査票回答範囲として申告した法人単位申請する法人

有価証券報告書の欄は「提出会社と連結子会社それぞれ」で、グループ合算ではありません。女性活躍推進法と育児・介護休業法の公表も法人ごとです。親会社の有価証券報告書に載る数字と、子会社が自社で公表する数字が別々に存在するのは、この時点で決まっています。

原因1:法人の範囲と従業員の範囲が違う

食い違いの最も大きな原因は、誰を数えているかです。

有価証券報告書の従業員数は就業人員で、社外への出向者を除き、社外からの受入出向者を含めます。臨時従業員は年間平均を外数で注記します。女性活躍推進法の「常時雇用する労働者」は、期間の定めなく雇用されている人と、1年以上引き続き雇用されている(または見込まれる)人で、パートやアルバイトも含みます。101人以上という基準も、この数え方で判定します。

健康経営度調査は、回答範囲の従業員を4つに分けて申告させます。出向者を除く正社員、健康診断の実施義務を負う出向正社員、常時使用する非正社員、自社が派遣元となる派遣社員です。設問の「正社員」は前の2つ、「従業員」は4つすべてを指します(2026年度調査票 Q3)。派遣元として派遣している社員が従業員に入る点が、有価証券報告書や女性活躍推進法と違います。

男女間賃金差異では、派遣労働者は派遣元で数え、派遣先には含めません。正規雇用労働者は期間の定めのないフルタイム勤務と短時間正社員で、それ以外の直接雇用は非正規雇用労働者です。計算の詳細は「男女間賃金差異の計算方法|実務担当者向けガイド」で解説しています。

同じ「従業員」でも、届け先によって分母が違い、分母が違えば比率は変わります。

原因2:指標の定義が違う。男性育休取得率で見る

定義の違いが最もはっきり出るのが男性育休取得率です。育児・介護休業法にもとづく公表と、健康経営度調査の設問を並べます。

項目育児・介護休業法の公表(施行規則第71条の6)健康経営度調査 2026年度 大規模法人部門(Q42)
対象者雇用する男性労働者(雇用形態を問わない。法律上育休の対象にならない有期雇用者は除外できる)正社員の男性のみ
分母公表前事業年度に配偶者が出産した男性前年度(2025年4月〜2026年3月)に配偶者・パートナーが出産した男性正社員
分子公表前事業年度に育児休業等を開始した男性。配偶者がいつ出産したかは問わない分母の人のうち、回答時点までに連続1か月以上の育児休業を取得した人
育児休業等の範囲育児休業と産後パパ育休(第1号)。第2号なら育児目的休暇も加える産後パパ育休を含む。配偶者出産時の特別休暇は除く。社内で育児休業として扱うもののみ
取得日数問わない連続1か月以上
100%超あり得る。前年度に生まれた子の育休を今年度に開始すれば分子だけ増える起きない。分母の人の中から数える

法の公表値は「その年度に育休を開始した人」を数えるため、100%を超えることがあります。健康経営度調査は「その年度に子が生まれた人のうち、1か月以上取った人」を数えるため、必ず100%以下で、しかも短期取得者は入りません。同じ会社で法の公表値が85%、健康経営度調査の回答が55%になっても、どちらも正しい数字です。

法の公表値の計算ルールと100%超の注記の書き方は「男性育休取得率50.9%と300人超企業の公表義務|数字の読み方と自社の出し方」に、計算そのものは「男性育休取得率 計算ツール」にまとめています。

有価証券報告書は、法にもとづいて公表した割合をそのまま記載し、第1号と第2号のどちらで算出したかを明示します。ここで健康経営度調査に入れた数字を写すと、有価証券報告書だけ定義の違う数字になります。

女性管理職比率も同じです。厚生労働省の算出方法では管理職は課長級以上(役員を除く)で、課長代理や課長補佐は含みません。社内の呼称で「マネージャー」を数えると定義とずれます。詳しくは「女性管理職比率の公表|算出方法・注記の書き方と、数字を上げる前に見るべき3つの指標」をご覧ください。

原因3:期間がずれ、数字を作る人も違う

届け先ごとに、対象になる年度が違います。

有価証券報告書は当該事業年度の数字です。2026年3月期の有価証券報告書なら、2025年4月から2026年3月までの実績を載せます。女性活躍推進法と育児・介護休業法の公表は、公表日の属する事業年度の直前の事業年度の実績で、おおむね事業年度終了後3か月以内に更新します。3月末決算なら6月末ごろに前年度の数字を出すので、有価証券報告書と同じ年度を指します。

健康経営度調査は、回答時点の前年度の実績を尋ねます。2026年度調査(健康経営優良法人2027向け)の男性育休の設問は、2025年4月から2026年3月に配偶者が出産した人が対象です。2026年8月から10月に回答する調査で、前年度の数字を答えます。この時点では有価証券報告書(2026年3月期)と年度がそろいますが、翌年6月に2027年3月期を出すと、健康経営度調査の回答値より1年新しい数字が社外に出ます。認定の根拠になった数字と最新の有価証券報告書は、同じ指標でも年度が違います。

複数の届け先の数字を並べるときは、どの年度のものかを添えないと、定義が同じでも違って見えます。

もう一つ、数字を作る人が違います。有価証券報告書は経理・IRや総務、女性活躍推進法の公表は人事、健康経営度調査は健康経営推進の担当者が回答することが多く、元データを抽出する人が変わります。同じ条件で抽出していれば差は出ませんが、実際には部門ごとに抽出用のExcelがあり、関数が一つ消えるだけで数字が変わります。

典型的なのは、次のような状態です。有価証券報告書は育児休業の取得者だけで男性育休取得率を算定し、女性活躍推進法のデータベースには育児目的休暇を含めた「育児休業等」で回答している。さらに、サステナビリティ部門と経理部門で、従業員数に関係会社を含めるかどうかが一致していない。数字はどれも根拠を持って作られているのに、並べると「どっちが正しいのか」という問いが起きます。届け先が増えるほど、この確認の往復に時間が取られます。

「説明できる差」と「説明できない差」を分ける手順

届け先ごとの差は、2種類に分けられます。定義や範囲の違いで説明できる差と、それでは説明できない差です。前者は注記で済み、後者だけを確認します。分ける手順は3つです。

  1. 指標ごとに定義書を1枚作る。 指標名、届け先、根拠となる法令や調査票の設問番号、法人の範囲、従業員の範囲、対象期間、算出式、元データの所在(人事システムのどのテーブルを、どの条件で抽出したか)、端数処理を書きます。男性育休取得率なら、法の公表値と健康経営度調査の回答値で2枚になります。主な指標について、届け先ごとの定義を並べた対照表は「人的資本 開示指標 定義対照表 2026」にまとめています。
  2. 開示先マップを作る。 縦に指標、横に届け先を並べ、各セルに「どの数値を・どの定義書で出したか」を入れます。同じ指標の数字が届け先間で違うとき、定義書の違いで説明できれば「定義差」、説明できなければ「要確認」と印をつけます。
  3. 注記の文例を先に用意する。 有価証券報告書には「育児・介護休業法施行規則第71条の6第1号の割合」と算定方法を書きます。健康経営度調査の回答値を社内資料や統合報告書に載せる場合は、「正社員のうち連続1か月以上取得した者の割合」と添えます。株主総会の想定問答には、届け先ごとの定義差を1行で説明する文を入れておきます。

要確認になった差の原因は、たいてい抽出条件の違いです。出向者や休職者の扱い、年度途中の入退社、期末時点か期中平均か。定義書に抽出条件まで書いてあれば確認は数分で終わります。

この定義書と開示先マップは、法人が1社なら表計算ソフトで足ります。グループで法人数が増えると、版の管理と各社への差し戻しが追いつかなくなります。同じ仕組みを一つの基盤で持つ方法は「CapLead」で扱っています。

第三者保証が視野に入る企業では、この定義書と抽出条件の文書化がそのまま保証対応の準備になります。保証を見据えた整理は「SSBJ基準と人的資本開示|2027年3月期からの適用で女性活躍3項目はどう扱われるか」で扱っています。

よくある失敗

  • 有価証券報告書に、健康経営度調査の回答値を写す。 定義が違うので、法の公表値との整合が取れません。有価証券報告書には法にもとづく公表値を、算定方法とともに記載します。
  • 連結子会社の数字を合算して1つの比率にする。 有価証券報告書の欄は提出会社と連結子会社それぞれです。グループ合算値を載せるなら、別途その旨を注記します。
  • 男女間賃金差異の分母に派遣社員を含める。 派遣労働者は派遣元で数えます。健康経営度調査の従業員数に派遣元として含めた社員を、賃金差異の分母にそのまま使わないでください。
  • 定義を変えた年に、前年との比較をそのまま載せる。 管理職の範囲を変えた、第1号から第2号に切り替えた、といった年は、変更の内容と影響を注記します。比率が上がった理由が登用なのか定義変更なのかは、外からは見分けがつきません。
  • 2026年4月から新たに公表対象になった子会社の数字を、親会社の定義で作る。 女性活躍推進法の公表は法人単位で、子会社は自社の労働者で算出します。改正の全体像は「女性活躍推進法改正2026|公表義務拡大(101人以上)と企業の実務対応」をご覧ください。

Floraの支援:定義で説明できない差だけを人が見る

Flora株式会社の「CapLead」は、グループ各社に散在する人的資本の数字を、一つの基盤で管理するためのデータ基盤です。指標ごとの定義レジストリで「何を・どの範囲で数えるか」を固定し、元ファイルの行まで遡れる出典を残し、届け先ごとに「どの数値を・どの根拠で」出したかを一覧にします。有価証券報告書と女性活躍推進法の公表値の差が算定範囲の違いなら「説明可能」と注記し、定義で説明できない差だけを「不整合」として担当者に示します。

人が判断するのは、定義で説明できない差分だけです。まず30分、貴社グループの開示フローをお聞かせください。

まとめ

同じ指標が届け先ごとに違う数字になるのは、法人の範囲、従業員の範囲、指標の定義、対象期間が制度ごとに別々に決まっているためです。男性育休取得率では、法の公表値が「その年度に育休を開始した人」を雇用形態を問わず数えるのに対し、健康経営度調査は「その年度に子が生まれた正社員のうち1か月以上取った人」を数えます。どちらも正しく、並べれば違います。

対処は、指標ごとの定義書、開示先マップ、注記の文例の3点です。定義で説明できる差は注記で済ませ、説明できない差だけを確認する。この分け方ができていれば、「その数字はどこから」という問いに、いつでも答えられます。

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