106万円の壁の撤廃|残る要件と、就業調整がキャリアに与える影響
2026年 9月 24日

106万円の壁とは、短時間労働者が社会保険の加入対象になるかどうかを分ける賃金要件、つまり所定内賃金が月額8.8万円以上であるという条件を指す通称です。年収に直すとおよそ106万円にあたることから、この名前で呼ばれてきました。
この賃金要件は撤廃されます。厚生労働省は「いわゆる『年収106万円の壁』として意識されていた、月額8.8万円以上の要件を撤廃します」と説明しています。
この記事は、働く本人向けではなく、人事・労務の担当者向けに書いています。制度が変わったときに実務で効いてくるのは、加入対象者が増えることそのものよりも、これまで就業調整をしていた層の働き方が変わる点です。そこがキャリアの機会にどう関わるかまで含めて整理します。
106万円の壁の撤廃はいつか:「令和8年10月に撤廃予定」
日付の扱いには注意が必要です。日本年金機構は「最低賃金以上で週20時間以上働く場合は、所定内賃金が月額8.8万円以上となるため、この要件は令和8年10月に撤廃予定です」と記載しています。「予定」と書かれている点をそのまま受け取ってください。
一方、厚生労働省の「社会保険の加入対象の拡大について」は、時期について「撤廃の時期は、法律の公布から3年以内で、全国の最低賃金が1,016円以上となることを見極めて判断します」としており、確定した日付を示していません。
社内資料や従業員向けの案内に日付を書くときは、確定した施行日として扱わず、出典と表現をそのまま引くのが安全です。制度の内容そのものは決まっているため、準備を止める理由にはなりません。
撤廃後も残る要件
撤廃されるのは賃金要件だけです。他の要件は残ります。
| 要件 | 扱い |
|---|---|
| 週の所定労働時間が20時間以上であること | 残る |
| 所定内賃金が月額8.8万円以上であること | **撤廃される** |
| 学生でないこと | 残る |
| 2か月以内の期間を定めて使用される者等は対象外 | 残る |
企業規模要件については、厚生労働省は「企業規模要件を縮小・撤廃し、短時間労働者が週20時間以上働けば、働く企業の規模にかかわらず、社会保険に加入するようになります」としたうえで、「改正の時期は、10年かけて段階的に縮小・撤廃することとしており、勤め先の規模によって変わります」と説明しています。自社がいつ対象になるかは、この段階的なスケジュールで決まります。個別の時期は厚生労働省の資料で確認してください。
実務上いちばん効くのは、週20時間が残ることです。賃金要件がなくなっても、20時間の線は動きません。就業調整をしていた層が意識する基準が、金額から時間に移るということです。
もうひとつ、扶養の考え方と混ざりやすい点も整理しておいてください。社会保険の加入要件と、所得税の配偶者控除や配偶者特別控除の線引きは別の制度です。社内の相談では両方がまとめて「壁」と呼ばれますが、変わるのは社会保険の側だけです。案内を作るときに、税の側も変わったと読めてしまう書き方をすると、問い合わせが増えます。
保険料調整制度
新たに加入対象になる層への激変緩和として、保険料調整制度が設けられます。厚生労働省は対象を次のように示しています。
- 対象者:従業員数50人以下の企業などで働き、企業規模要件の見直しなどにより新たに社会保険の加入対象となる短時間労働者であって、標準報酬月額が12.6万円以下であるもの
- 期間:3年間
対象は「新たに加入対象となる」層に限られます。すでに加入している短時間労働者は含まれません。自社に対象者がいるかどうかは、企業規模と標準報酬月額の両方で決まります。
制度の趣旨は、加入対象が広がる局面で、事業主の追加負担分を制度全体で支援することにあります。3年という期間が区切られているため、対象者を一度数えて終わりにせず、期間の終わりにどう扱うかまで含めて見ておくと、あとで計画を立て直さずに済みます。
就業調整は、キャリアの問題でもある
ここからがFloraの関心領域です。
就業調整は、手取りを減らさないために労働時間を抑える行動です。結果として起きるのは、時間あたりの評価ではなく、任される仕事の範囲が固定されることです。決まった時間内で終わる仕事に配置が寄り、期の途中で動く案件や、残業の発生しうる役割から外れていきます。
この配置が続くと、昇進の判断材料が積み上がりません。等級が上がる段では、担当範囲の広さや難易度が見られます。就業調整をしている層は、本人の意欲や能力とは別のところで、その材料を得にくい位置に置かれ続けます。
厄介なのは、この状態が本人の希望として記録されがちなことです。「短時間勤務を希望している」と面談記録に残っていても、それが制度の線引きへの対応なのか、働き方そのものの希望なのかは、記録からは区別できません。線引きが動いたときに希望も変わるかどうかは、聞いてみないと分かりません。制度変更は、その問いを立て直す機会になります。
段ごとに人数を数えるとどこで細くなるかが見えます。方法は「女性管理職パイプラインの可視化」にまとめました。処遇の差がどこで生じているかを賃金から見る場合は「男女間賃金差異の計算方法」が使えます。
賃金要件がなくなることは、この構図をひとつ緩めます。ただし週20時間の線は残るため、就業調整そのものがなくなるわけではありません。基準が金額から時間に移るだけ、という見方をしておくほうが実態に近くなります。
人事が今から見ておくこと
- 対象者を数える。 週20時間以上で、現在8.8万円未満の層が何人いるか。ここが新たに加入対象になります。
- その層の配置を見る。 何の仕事を担当しているか、等級はどこか、直近3年で担当範囲が変わったか。就業調整とキャリアの関係は、この2つを重ねて初めて見えます。
- 保険料調整制度の対象を確認する。 企業規模と標準報酬月額12.6万円以下という条件に当たるか。
- 説明の経路を決める。 制度変更の案内は、対象者本人だけでなく、その上司にも届ける必要があります。働き方の相談は現場で起きるためです。
- 人件費の見込みを置き直す。 新たに加入する人数が分かれば、事業主負担の増分はおおよそ置けます。保険料調整制度の対象になる層があれば、3年間はその分が軽くなります。ここは経理・財務と数字の前提をそろえておく部分です。
1と2は在籍者名簿と等級のデータだけで出せます。新しい調査は要りません。逆に、4と5は他部門との調整が要るため、対象者を数えた時点で声をかけておくと後の手戻りが減ります。
よくある失敗
- 確定した施行日として案内する。 日本年金機構の記載は「撤廃予定」、厚生労働省は時期を判断事項としています。社内案内では出典の表現をそのまま引いてください。
- 賃金要件以外も撤廃されたと読む。 週20時間、学生の除外、2か月以内の期間の扱いは残ります。
- 企業規模要件の時期を自社で推測する。 10年かけて段階的とされており、自社の時期は規模によって変わります。厚生労働省の資料で確認してください。
- 加入者数だけを見て終える。 増えるのは人数ですが、変わるのは働き方です。配置と担当範囲を見ないと、制度変更を人材の話につなげられません。
- 本人向けの案内だけを作る。 就業調整の相談は上司に来ます。管理職にも同じ情報を渡してください。
- 配偶者控除の線引きと混ぜて説明する。 変わるのは社会保険の要件です。所得税の配偶者控除・配偶者特別控除は別の制度で、同じ案内に混ぜると誤解が広がります。
Floraの支援:就業調整と配置の関係をデータで見る
Flora株式会社の「ダイバーシティデータプログラム」は、企業の人事データを分析し、女性管理職比率が上がらない要因が採用・配置・評価・昇進・退職のどの段階にあるかを特定するコンサルティングです。就業調整をしている層がどの等級に滞留し、どの段で外れているかは、在籍者名簿と等級のデータから確かめられます。
就業調整をしている層は、制度が変わったときに働き方を変えられる層でもあります。誰がその位置にいるのかを先に把握しておくと、案内の出し方も変わります。自社の段ごとの人数を出すところから、まずはご相談ください。目標から逆算した登用ペースは「女性管理職比率 目標達成シミュレーター」でも試せます。
まとめ
106万円の壁と呼ばれてきた賃金要件(月額8.8万円以上)は撤廃されます。時期について、日本年金機構は「令和8年10月に撤廃予定」、厚生労働省は最低賃金の水準を見極めて判断するとしており、確定した日付は示されていません。案内に書くときは、この表現のまま引いてください。
撤廃されるのは賃金要件だけで、週20時間、学生の除外、2か月以内の期間の扱いは残ります。新たに加入対象となる層のうち、従業員数50人以下の企業などで標準報酬月額12.6万円以下の人には、3年間の保険料調整制度があります。
人事にとっての論点は加入者数ではありません。就業調整をしていた層の配置と担当範囲が変わるかどうかです。そこを見ておかないと、制度変更が人材の話につながりません。
よくある質問
106万円の壁が撤廃されると、就業調整はなくなりますか。
すでに社会保険に加入している短時間労働者も、保険料調整制度の対象になりますか。
社会保険に加入すると、本人の手取りは減りますか。
男性の育休取得と同じように、就業調整も人事データで見られますか。





