有報の「人材戦略に関する基本方針等」とは|2026年3月期から加わった3項目の書き方
2026年 10月 26日

有価証券報告書の「人材戦略に関する基本方針等」とは、2026年2月20日公布の開示府令改正で新設された記載項目で、企業戦略と関連づけた人材戦略、それを踏まえた従業員給与等の額と内容の決定方針、従業員の平均年間給与の対前年比増減率の3つを書く欄です。2026年3月31日以後に終了する事業年度の有報から適用されており、3月決算の会社は2026年6月提出分で初めて書いています。12月決算の会社はこれから初回を迎えます。この記事では、何が変わったか、どの会社の数字を書くか、増減率をどう出すかを、金融庁職員による解説(商事法務No.2420、2026年4月15日)に沿って整理します。
「従業員の状況」が「従業員の状況等」になり、第4に移った
改正前の有報では、従業員数や平均年間給与は「第1 企業の概況」の5「従業員の状況」にありました。改正後はこれが「第4 提出会社の状況」の5「従業員の状況等」に移り、中が2つに分かれています。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| (1) 人材戦略に関する基本方針等 | 新設。ⅰ 企業戦略と関連づけた人材戦略、ⅱ ⅰを踏まえた従業員給与等の額および内容に関する決定方針、ⅲ 従業員の平均給与の対前年比増減率 |
| (2) 従業員の状況 | 従来の従業員数、平均年齢、平均勤続年数、平均年間給与に加え、女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金差異は従来どおり |
出典:金融庁職員による解説、商事法務No.2420(2026年4月15日)。法令の本文は「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(令和8年内閣府令第5号、2026年2月20日公布)。
女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金差異の3項目は、2023年3月期から続く記載がそのまま残ります。出し方は「人的資本開示の女性活躍3項目|女性管理職比率・男性育休・男女間賃金差異の出し方」をご覧ください。
適用は2026年3月31日以後に終了する事業年度に係る有報からです。3月決算なら2026年6月提出分、12月決算なら2027年3月提出分が初回になります。
人材戦略に関する基本方針等の3項目は、誰の数字を書くか
3項目は、書く範囲がそれぞれ違います。ここを取り違えると、連結全体の方針を書くべきところに提出会社だけの話を書いたり、逆に子会社ごとの数字を並べたりすることになります。
| 項目 | 範囲 | 補足 |
|---|---|---|
| ⅰ 人材戦略 | 連結会社全体 | 「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」に書いた連結会社全体の経営方針・経営戦略と関連づける。連結子会社ごとの記載は求められない |
| ⅱ 給与等の決定方針 | 提出会社に限定した記載も可 | 提出会社が主として子会社の経営管理を行う会社(純粋持株会社など)の場合は、提出会社に加えて最大人員会社の方針も書く |
| ⅲ 平均年間給与の対前年比増減率 | 提出会社。純粋持株会社の場合は最大人員会社も | 最大人員会社については従業員数、平均年齢、平均勤続年数、平均年間給与(賞与を含む)、増減率をあわせて記載 |
「最大人員会社」は、外国会社を除く連結子会社のうち従業員数が最も多い会社です。その会社の従業員数が連結会社の従業員数の過半数に届かない場合は、次に従業員数の多い会社も含みます。
ⅱで提出会社と最大人員会社の方針を書くときは、両社を明確に区分して書く必要はなく、両社をカバーする記載があれば足りるとされています(パブリックコメントに対する金融庁の考え方 No.143、No.144)。
ⅰとサステナビリティの「人的資本」の記載が重なる場合は、投資者の理解に望ましいほうにまとめて書き、もう一方に参照文言を置くことができます(第二号様式記載上の注意㉚c)。人的資本可視化指針との関係は「人的資本経営とは?|2026年3月の可視化指針改訂で変わった開示の考え方」で扱っています。
平均年間給与の対前年比増減率の出し方
ⅲだけが定量項目です。解説では、給与等の決定方針が平均給与にどう反映されているかを時系列で確認するために有用だと説明されています。分母は前事業年度の平均年間給与(賞与を含む)、分子は当事業年度との差です。
サンプルデータ・架空のグループで計算します。サンライズHDは純粋持株会社(提出会社、従業員120名)の下に12社・8,420名を持つ製造業グループで、最大人員会社はサンライズ製造(2,150名)です。
| 会社 | 前事業年度の平均年間給与 | 当事業年度の平均年間給与 | 増減率 |
|---|---|---|---|
| 提出会社(サンライズHD) | 8,412千円 | 8,623千円 | +2.5% |
| 最大人員会社(サンライズ製造) | 5,218千円 | 5,361千円 | +2.7% |
計算は(5,361−5,218)÷5,218=2.74%で、小数第1位に丸めて+2.7%です。純粋持株会社の提出会社は管理部門中心で人数が少なく、平均年間給与がグループの実態より高く出ます。だから最大人員会社の数字をあわせて書く仕組みになっています。
3つの注意点があります。
- 賞与を含めた同じ定義で前年も出す。 前年の数字を「従業員の状況」の旧記載から引くとき、賞与の範囲や臨時従業員の扱いが当年と揃っているかを確認します。
- 方針と実績がずれたら注記する。 業績の影響で、給与等の決定方針と実際の平均年間給与の推移に差が出ることはあります。その場合は必要に応じてその旨を注記できます(金融庁の考え方 No.174、No.175)。
- 最大人員会社の決算日が違う場合は方法を決めて揃える。 提出会社の決算日時点の情報を集める方法と、最大人員会社の決算日時点の情報を書く方法のどちらも想定されており、集計のしやすさを踏まえて適切な方法を選びます(同 No.171)。
2年目から効いてくるのは、定義と出典の記録
初回は「前年の数字を一つ出す」だけで済みますが、2年目以降は3期分を同じ定義で並べることになります。平均年間給与は賞与の範囲、臨時従業員の扱い、出向者の帰属で動きます。女性管理職比率や男性育休取得率が届け先ごとに違う数字になる仕組みと同じ問題が、給与でも起きます。届け先ごとの差の整理は「人的資本開示で数値が不一致になる理由|有報・女活法・健康経営度調査の算定範囲と定義差」にまとめています。
人材戦略を連結会社全体で書くⅰと、給与の方針と数字を提出会社・最大人員会社で書くⅱ・ⅲは、範囲が違います。「人材戦略では連結のKPIを掲げ、給与の数字は提出会社だけ」という組み合わせは制度上は正しいのですが、読み手には、どの指標がどの範囲の数字なのかが見えにくくなります。指標ごとに範囲と定義と出典を一覧にして持っておくと、有報の本文でも注記でも同じ説明ができます。一覧の作り方は「人事KPIツリー ビルダー」で試せます。グループ各社から集めた数値に算定範囲と元データを付けたまま有報の記載まで運ぶ仕組みとしては、CapLeadがその前提で作られています。
連結子会社を含めた集計の範囲は「有価証券報告書の人的資本を連結・グループで出す」を、提出日から逆算した締めは「有価証券報告書の総会前開示|3週間前提出から逆算する人事データの締め」をご覧ください。有報・女活法・健康経営度調査で同じ名前の指標がどう違うかは、資料「人的資本開示 指標定義対照表」に一覧があります。
よくあるつまずき
- ⅰを子会社ごとに書いてしまう。 連結会社全体の人材戦略として書きます。子会社ごとの記載は求められていません。
- 純粋持株会社で、提出会社の給与だけを書く。 最大人員会社の方針と数字が要ります。最大人員会社が過半数に届かなければ、次に多い会社も含めます。
- 平均年間給与の前年値を、賞与の範囲が違う数字から引く。 同じ定義で前年を出し直してから増減率を計算します。
- 増減率が方針と合わないまま出す。 業績による差は注記で説明できます。黙って出すより、理由を書くほうが読み手の信頼を保てます。
- サステナビリティの人的資本と同じ文章を2か所に置く。 一方にまとめ、もう一方に参照文言を置けます。
まとめ
- 2026年3月期の有報から「従業員の状況等」が第4に移り、「人材戦略に関する基本方針等」としてⅰ人材戦略、ⅱ給与等の決定方針、ⅲ平均年間給与の対前年比増減率が加わった(開示府令改正、2026年2月20日公布・施行)。
- ⅰは連結会社全体、ⅱは提出会社に限定可、ⅲは提出会社。純粋持株会社ではⅱ・ⅲに最大人員会社も加える。
- 増減率は賞与を含む同じ定義で前年と比べ、方針との差は注記で説明する。
- 2年目以降に効くのは、指標ごとの範囲・定義・出典の記録。
よくある質問
「人材戦略に関する基本方針等」はどの事業年度の有報から書く必要がありますか?
最大人員会社とは何ですか?
平均年間給与の増減率が給与の決定方針と合いません。どう書けばよいですか?





