健康経営の投資対効果を経営会議で説明する|プレゼンティーズム損失額の使い方
2026年 9月 10日

健康経営の予算を経営会議に上げると、必ず聞かれることがあります。それで、いくら戻ってくるのか。健診受診率や研修の参加者数を並べても、この問いには答えられません。答えになるのは、いま失っている額、施策で戻る額、そしてその数字を信じてよい根拠の3つです。この記事では、経済産業省の健康投資管理会計ガイドラインの考え方と、プレゼンティーズム損失額の計算を組み合わせて、健康経営の投資対効果を経営会議で説明できる形にする手順をまとめます。
健康経営の投資対効果を説明するとき、経営層が聞いている3つの問い
健康経営の提案が通らない理由は、施策の中身よりも、説明の順番にあることが多いものです。経営層が聞いているのは、次の3つです。
- いま、いくら失っているのか。 健康上の理由で発揮できていない労働力を、金額にするといくらか。
- 施策でいくら戻るのか。 その損失のうち、提案する施策で何割が回復し、投資額に対してどのくらいの期間で釣り合うのか。
- その数字は本当か。 どうやって測ったのか、施策のおかげだと言える根拠は何か。
多くの提案書は、施策の説明から始まって、効果は「従業員満足度の向上」で終わります。順番を逆にして、損失額から始めると、同じ施策でも受け取られ方が変わります。
「いくら失っているか」を出す:プレゼンティーズム損失額
出発点は、出勤しているのに本来のパフォーマンスが出ていない状態、プレゼンティーズムの損失額です。欠勤や休職として表に出るアブセンティーズムより規模が大きく、勤怠データには残らないため、測らなければ見えません。
計算式は単純です。従業員数に一人あたりの年間人件費を掛け、そこにパフォーマンスの低下率を掛けます。低下率は、健康経営度調査でも使われるSPQ(東大1項目版)で、「病気やけががないときに発揮できる仕事の出来を100%として、過去4週間の自身の仕事は何%か」を従業員に聞いた平均から求めます。平均が85%なら、労働力の15%分が失われていると見なします。
たとえば従業員300名、一人あたり年間人件費600万円、発揮度85%の会社なら、年間の損失額は2.7億円です。この規模感が、健康経営の予算を判断する土台になります。「プレゼンティーズム損失額の計算ツール」に3つの数字を入れれば、自社の概算がその場で出ます。
まだ測っていない場合は、仮の値で規模感をつかんでから、次の従業員サーベイにSPQの1問を加えて実測値に置き換えてください。測定方法の選び方は「プレゼンティーズムの測定方法」に、欠勤側の計算は「アブセンティーズムの測定方法」にまとめています。
「いくら戻るか」を出す:改善幅と投資額を同じ表に載せる
損失額が出たら、次は施策による改善幅です。ここで経済産業省の「健康投資管理会計ガイドライン」(2020年6月)の枠組みが役に立ちます。ガイドラインは健康投資の効果を3つの層に分けています。
| 層 | 何を測るか | 例 |
|---|---|---|
| 取組状況の指標 | 施策を実施したか | 研修の実施回数、参加率 |
| 意識変容・行動変容の指標 | 従業員の行動が変わったか | セルフケアの実施率、相談件数、受診率 |
| 最終的な目標指標 | 経営上の成果が出たか | プレゼンティーズム、アブセンティーズム、離職率 |
経営会議で通用するのは3層目です。1層目の参加者数は施策を実施した証拠にはなりますが、効果の証拠にはなりません。提案書では、施策が2層目のどの行動を変え、それが3層目のどの指標をどれだけ動かすと見込むのか、という道筋を書きます。
そのうえで、改善幅を金額にします。発揮度が1ポイント改善すると、従業員数×人件費×1%が戻ります。先の例なら年1,800万円です。施策の投資額と並べれば、何ポイントの改善で釣り合うかが一目で分かります。投資額は、設備・人件費・外注費の費目別に出しておいてください。令和8年度の健康経営度調査では、健康投資額を費目別に記入するアンケート項目が新設されており、同じ粒度でそろえておくと調査票にもそのまま使えます。
「それは本当か」に答える:3つの根拠
3つ目の問いに答えられないと、前の2つも信用されません。根拠は3種類あります。
測り方の根拠。 どの設問で、いつ、誰に聞いたか。SPQやWHO-HPQのように広く使われている方法なら、その旨を書けば足ります。自社独自の設問なら、なぜその聞き方にしたかの説明が要ります。
比較の根拠。 施策の前後で同じ設問を取っているか。できれば施策を先に実施した部門と、まだ実施していない部門を比べます。全社一斉に実施すると、景気や繁忙期の影響と施策の効果が分けられなくなります。
分解の根拠。 全社平均だけでは、どこで損失が起きているか分かりません。部署別、年代別、性別で分けると、損失が集中している層と、施策の当て先が見えます。女性特有の健康課題については、経済産業省が2024年に公表した試算で社会全体の経済損失が年間約3.4兆円とされ、その多くがプレゼンティーズムによるものでした。自社での測り方は「女性の健康課題によるプレゼンティーズム損失3.4兆円の中身」で扱っています。社会全体の数字は文脈として示し、自社の数字は自社のサーベイから出す。この使い分けが、経営層の信頼を保ちます。
経営会議用の1枚に何を載せるか
ここまでの要素を1枚にまとめると、次の形になります。
| 項目 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 現状の損失額 | 年◯億円(発揮度◯%、対象◯名) | 従業員サーベイ(SPQ) |
| 損失が集中している層 | ◯部門・◯代で発揮度が全社平均より◯pt低い | サーベイの属性別集計 |
| 提案する施策 | 何を、誰に、いつ | 施策計画 |
| 見込む改善幅 | 発揮度+◯pt → 年◯万円回復 | 類似施策の実績、または仮説として明記 |
| 投資額 | 設備・人件費・外注費の内訳 | 見積もり |
| 回収の目安 | 改善幅◯ptで◯年 | 上記から算出 |
| 検証方法 | 施策前後の同一設問、実施部門と未実施部門の比較 | 測定計画 |
見込む改善幅は、根拠がなければ「仮説」と明記してください。仮説だと書いた数字は議論の対象になりますが、根拠なく断定した数字は提案全体の信用を落とします。
健康経営そのものの位置づけを経営層と共有する必要がある場合は「健康経営とは?取り組むべきテーマや施策」を、外部の支援を使う場合の選び方は「健康経営コンサルとは?導入メリットと費用・選び方」を参照してください。
試算例:従業員300名の会社で1枚を埋めてみる
先ほどの例を使って、表がどう埋まるかを見ておきます。従業員300名、一人あたり年間人件費600万円、サーベイで測った発揮度の平均が85%の会社です。
現状の損失額は、300名×600万円×15%で年2.7億円。属性別に見ると、たとえば30代・40代の女性従業員120名の発揮度が全社平均より低ければ、その層に損失が集中していることになります。ここに、月経や更年期の不調に関する研修とセルフケア支援を提案するとします。
見込む改善幅は、類似の施策を実施した企業の実績がなければ仮説として置きます。全社の発揮度が1ポイント改善すれば年1,800万円、3ポイントなら年5,400万円が戻る計算です。投資額は施策の見積もりから費目別に入れ、回収の目安は投資額を年間の回復額で割って出します。年間の回復額が5,400万円で投資額がその半分なら、回収は半年です。
検証方法には、施策の前後で同じSPQの設問を取ること、可能であれば先行して実施する部門と後から実施する部門を分けることを書きます。この1枚があれば、経営層は改善幅の仮説を自分で動かしながら判断できます。議論が「やるべきか」から「何ポイントを狙うか」に変われば、提案は通ったも同然です。
投資対効果の説明でよくある5つの失敗
- 参加者数と満足度で効果を語る。 ガイドラインの1層目にとどまっており、経営層には施策の実施報告にしか聞こえません。
- 社会全体の統計を自社の損失額として示す。 3.4兆円は文脈であって、自社の数字ではありません。自社の額はサーベイから出します。
- 改善幅の根拠を示さない。 見込みは仮説と明記し、検証の計画をセットで出します。
- 全社一斉に実施して比較対象を失う。 段階的に実施すれば、未実施部門が比較対象になります。
- 一度出して終わる。 翌年、同じ設問で測り直して初めて、投資対効果は説明できます。予算の継続は、この2年目の数字で決まります。
Floraの支援:測って、動かして、もう一度測る
Flora株式会社の「Wellflow」は、従業員向けのヘルスケアアプリと管理職・全社員向けの研修に、導入前後を同じ指標で測る効果検証サーベイを組み合わせた健康経営支援サービスです。発揮度の測定と属性別の分解、施策の実施、事後の再測定を一つの流れとして設計しているので、本記事の「いくら失っているか」「いくら戻るか」「それは本当か」の3つに、自社の数字で答えられる形が残ります。生理痛体験研修とあわせて、これまでに150社以上に導入されています。
まとめ
健康経営の投資対効果は、損失額から始めて、改善幅と投資額を同じ表に載せ、測り方と比較の根拠を添えれば説明できます。参加者数と満足度では、経営層の3つの問いのどれにも答えられません。
まず自社のプレゼンティーズム損失額の概算を出し、次のサーベイにSPQの1問を加えて実測値に置き換える。この2つが済めば、来年の予算会議は今年とは違う議論になります。数字を持っている側が、議題を決められるからです。
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よくある質問
プレゼンティーズムを測っていない状態で、予算の提案はできますか。
改善幅の見込みはどう決めればよいですか。
経営層に「健康は個人の問題ではないか」と言われたら、どう答えますか。





